サプライズだよ、小エビちゃん

モーガンは全くの無表情で椅子に乗せられていた

フロイド絶賛のキュートなお目目は瞼に半分隠れ、貝殻のように艶やかな唇は横1文字に結ばれている

彼女はタコの人魚だが、見事なチベスナ顔だ。

稚魚らしからぬ、遠くを見ているのか近くを見ているのかさっぱり分からない虚ろな瞳をみた店員が思わず吹き出す

傍から見れば微笑ましいかろう。着せ替え人形にされ、かれこれ30分この椅子の上に乗せられているこちらからすればたまったものじゃない

子ダコは恨めしそうに店員を見たが、うふふ可愛いと手を振られただけだった

完全なる稚魚扱いである。

彼女の口は閉じられているし文句1つ漏らさないのだが、かわりに喉が時折ぐぎゅっと低い音を漏らす

子供の頃、母が満足するまで同じように着せ替え人形にされた時を思い出す。

興味のないものをあれこれ着せられ、下手すれば1時間ほど付き合わされた。

今思えば可愛い子供を着飾りたいのは親として当然だろうし、愛されていた。しかし、当の本人はおもちゃ屋が見たくて仕方がなかった

1時間も棒立ちさせられる身にもなって欲しかった

その時は最終手段、床に寝転がって駄々を捏ね泣き喚くという暴挙にでてなんとか難を逃れたが、流石に今の(精神)年齢でそれをするわけにはいかない

モーガンの不満をアピールするかのように、時折タコ足がびたんと音を立てて椅子を叩いた

フロイドはそんな番の様子をしっかりと認識しつつも、その様子がまた可愛く愛おしいので無視して笑う

素直な喉がぐぎゅうとまた唸った

「これは買いね、決まりー!」

「モーガンさんにはこちらの方が似合いますよ」

「えぇ…さっきからアズールの選ぶやつ地味ぃ…」

「シンプルと言いなさい。着回ししやすくて可愛いじゃないですか」

「こちらはどうでしょう?」

「ジェイドが選ぶにしては派手ですね」

「ふふ、色味がベニテングタケのようで愛らしいでしょ?」

「げぇ…。その赤いのは無し…ね、小エビちゃん。」

「ぎゅいー…」

「んっふふふ、ごめんて。あと2、3着で終わるから」

小さな番の表情はありありと「もういい加減にしてくれ」と訴えている

モーガンは前世からファッションにそれほど興味が無いタイプで、買いに行くとしても欲しいものを予め絞ってから行くのであまり時間をかけるタイプでは無いのだ

お洒落が嫌いな訳では無いのだが、小さい頃に引っ張られる痛みに耐えながら髪を結われたり、お洒落な服を着ている時は汚さないように大人しく振る舞わなくてはいけなかったのが苦手だった

そんな記憶があるためか、どうにも積極的になれないのだ

渋ーい顔をしている稚魚とは対照的にニッコニコな雄の人魚三人衆は、陸のファッションが結構好きだったりする。

初めこそ身体中に海藻が絡まるかのような鬱陶しさが勝っていたが、慣れた今ではそう苦にならない

人魚姿では楽しめない陸ならではのものであるし、それならば楽しまないのは勿体ない

皮膚の保護や体型のカバーにも使え、水中では見られないカラフルな色合いで個性を出すのもファッションの醍醐味

それこそ女子高生のように時間を忘れてブティック漁りをしている

フロイドは溢れんばかりに水着が入ったカゴを持ち上げ、心做しかぐったりしている子ダコを腕に抱え持ち上げる

すぐにくるりと触腕がフロイドの腕に巻き付く

ほんとにこの子無意識でこれだから困るよねぇ…。とフロイドは番の髪に頬を寄せる

早く大きくなって貰って、一緒にお揃いの靴を履いて欲しいと思ってたけど、この素直な触腕も可愛過ぎる

ぎゅるるると唸るように鳴いている番に、フロイドはちょっぴり苦笑いする。流石に待たせ過ぎたようだ

「ごめんねぇ、小エビちゃん。おしゃれ嫌い?」

「嫌いじゃないですけど、着せ替え人形にはいい思い出がありません…」

「っふふ、でも付き合ってくれたんだ。ありがと、小エビちゃん」

「だって、フロイドさん達、楽しそうだから…」

「うん、ちょー楽しかった!」

ジェイドがフロイドからカゴと財布を預かり、くすくすと笑う

小さく丸い頭を撫で、フロイドが乱した髪を整えてやる

ふわふわの癖毛が心地いい

「では迷惑をかけた対価に、アイスはいかはがですか?ここから徒歩10分程のところに薔薇の王国から出店してきた大人気のお店があるんです」

「アイス!!食べたいです!」

先程までのむくれたタコちゃんは何処へやら、途端に目をキラキラさせるモーガンにアズールは眉間を抑え天を仰ぎ、ジェイドは口元を抑え下を向く

「はぁ、僕の娘、可愛いのでは?」

「僕の妹、可愛すぎです」

「チガウ。オレノ、ツガイ。おい聞いてんのか、俺の、番な?」




着せ替え人形から解放され、アイスクリーム屋へとやってきた。

「混んでるね」

「混んでますねぇ」

流行りと言うだけあり行列が出来ていた。大抵はスマホを片手に並ぶ女性客だ。流行りものに強そうなタイプ。多分少し前までタピオカを飲んでいた人達だろう

行列は店の外までずらーりと並んでいる

アイスを手にした人はとりあえずスマホでパシャリと写真を撮っている

ふむふむ、見たところカラフルなトッピングが可愛らしい。映えってやつだ

「大人気ですねぇ」

「なんだって流行りだからねぇ」

小エビが小さく呟くと、フロイドは呑気に返した。

30分は待たなければならなさそうだと思ったのだが

「少し失礼」

とジェイドは列を飛ばしてレジの方へ行ってしまった

「大丈夫なんです?」

「何も心配はいりませんよ。僕も失礼します。」

ジェイドに次いでアズールも加わり、店員に二言三言話すと何故か大盛りトッピング付きのアイスがスッと出てきた

すごい速さだった。あと、店員の緊張感が凄かった。店内の温度が下がったかのような錯覚を覚えるレベル

受け取ったアイスをフロイドに渡すジェイドにモーガンが恐る恐る…というよりは怖いもの見たさで

「あの、何を言ったかお聞きしても?」

と口を開いたが、口元を上品に隠して妙に優しく微笑み

「フフフ、企業秘密です。少しアズールと席を離しますね」

そういって店員と店の奥へ消えていった

アズールとジェイドが消えた先を、モーガンはなんとも言えない顔で眺める。

なんだか素直にアイスを味わえないんですけど…と眉を下げる番にフロイドはけたけた笑う

「んな顔しなくても、別に脅しとかじゃねーし。この店とモストロラウンジとダブルコラボする予定なんだってー。」

モストロラウンジイメージのソルトアイスとか、ここのアイスを使ったモストロパフェとかそんなん。

「これはまぁ、視察がてらの味見用…ってとこ?」

フロイドは適当なテラス席を見つけ、可愛い恋人を机の上に載せてやる。

子供向けの椅子がなかったので仕方がない。あとで改善点としてアズールに報告しとこ。とフロイドは心のメモ帳に書いておく

すっかり子供を持つ親目線だ。いや、この子は「見た目は稚魚ちゃん、中身は高校生!!」な、自分の恋人な訳だけど…

モーガンの目はアイスに釘付けでキラキラしている。触腕が待ちきれないとばかりにアイスのカップに伸びてくるので、フロイドは少し笑った

ホント素直で可愛いあんよだ。うっかり食べちゃいたいくらい

「美味しそうです!」

「そりゃ美味しいに決まってんじゃん!味にうるさいあのアズールが目を付けるくらいだしねぇ」

フロイドは仕事熱心だよねぇと言いつつ、付属の小さなプラスチックスプーンで掬ったアイスをぱくりと口に入れる

ここの店で1番人気のビターチョコアイスだ。控えめな甘みにちょっとしたほろ苦さ、深みのある味だけどしつこくなくて後味スッキリ

トッピングに添えられたカラフルで砕かれた飴にはちょっとした仕掛けがあって、口の中で炭酸のように弾けたり途中で味が変わったりする。

口を半開きにすると、フロイドの口内からぱちぱちと小さな破裂音がした

モーガンが目を丸くする

「んっふふ、小エビちゃんも早く食べな。溶けるよ?」

そう促してやると、モーガンも小さなヒトデのようなお手手でスプーンを握った

パクリと1口頬張ると、また目がまん丸になる。美味しかったんだね、小エビちゃん

買ったばかりの水着を身に纏って、ちびちびと小さな舌でアイスを舐めている稚魚ちゃん、マジこの世の可愛いを独り占めしてるレベルで可愛い

「はぁ〜ベロちっせぇ…可愛い…」

「フロイドさん、アイス溶けちゃいますよ」

じっと見られるのが恥ずかしく、モーガンがそう言うとフロイドはニッコリと笑って恋人の頬を舐めた

ぶわぁとすぐに子ダコの頬が赤くなる

「んもぅ!フロイドさん!」

「アイスついてたのぉ」

「だからって人前で…もう、笑わないで下さい!!」



「遅いですね、アズール先輩とジェイド先輩」

モーガンはパタパタと足を動かしながらフロイドを見る

大盛りのアイスは既に2人の胃袋に収まってしまった。

「んー、そろそろかなぁ」

「フロイドさん?」

フロイドはスマホをタプタプと弄って、ニンマリといたずらっ子のように笑う

「小エビちゃん。ラッコちゃんがねぇ、小エビちゃん帰ってきたってみんなに連絡したんだって」

「カリム先輩が?」

「あ、来月宴に招待されたよぉ。象のパレード見せてくれるって」

フロイドがそういうと、モーガンは何故かちょっと渋い顔をした

「んっふふふ、何その顔。ちょっとおブスだよ、小エビちゃん。」

「おブスじゃないです…いや、あの、砂漠の大行進を思い出して…」

「あー、あったねぇ、そんなん。」

ウミヘビ君ドッカーーン事件!とフロイドがマジカルペンを振る

小さな花火がパラソルの下で弾け、キラキラと宝石のような火花が落ちてくる

「わぁ!」

火花に手を伸ばす。熱くない

「あ、来た」

「?」

フロイドが立ち上がり、大きく手を振る

「こっちこっちぃー!!久しぶりー」

モーガンもつられるようにフロイドの視線の先を辿り、目を大きくする

少し大人びているけれど、見覚えのあるその姿にモーガンは顔を綻ばせる

「エース!デュース!グリム!」

きゅっきゅっと喉を鳴らしてよろこぶモーガンを見て、フロイドは優しく目を細めた

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