不在なんだけど、小エビちゃん
モーガンの書類関係をジェイドと済ませ(途中、受付の下世話なお姉さんに男性カップルかと間違われ散々な目に遭ったが思い出したくないので割愛)フロイド達より先に家に戻って昼食の準備をする
フロイドに昼食を作っている事とモーガンの衣類関係は午後から買い出しに行く旨の連絡をし、冷蔵庫からトマトやレタスを取り出す
新鮮な野菜達は、店に出しているのと同じものだ
近くの農家と契約し、朝に採れたものを直接届けてもらっている
陸での楽しみの1つは食だ。海にはない色とりどりの野菜は新鮮な方が当然美味しい
どうせ買い出しついでに食べ歩きすることになるので、昼食は軽めにサラダでいいだろう。
ワカメとサッと茹でた小エビ、冷蔵庫に少しだけ残っていたサーモンでも乗せておけばフロイドからの文句も出まい
アズールが準備する横でジェイドが黙々と自分用のキノコとベーコンのバターソテーを拵えている。
自称燃費の悪い男は相変わらずマイペースにキノコ狂いしている
この痩せの大食いの男は大変憎らしいことに、普段通りに大盛り食べた後でも、食べ歩き時は別腹が発動する。そして太らない。クソが。
食べ歩きの際はメニューの参考がてら話題のものを口にするのだが、双子といるとどうしてもつられて食べ過ぎる
あの二人は運動が苦ではない方だから高カロリー摂取だろうが大食らいだろうが体型に関係してこないが、アズールはどちらかと言わずインドア派だ
食べ過ぎた分はきっちり身になる。主に腹回りに。大変腹立たしいことに、油断するとすぐ太る。
そういえば、監督生は運動が得意ではなかったと記憶している。
問題に巻き込まれ否応がなしに走り回ってはいたが、誰も問題を起こさない日の彼女は図書室で本を読んでいたり窓辺で微睡んでいた。
それが穏やかな性質の彼女にはよく似合っていた
アズールは監督生の学生時代に思いを馳せる
彼女は、フロイドと付き合う前はトラブルで走り回るのと食費節約のせいで痩せていた
ちょっぴり心配になるくらいというか、よく今までポッキリ折れなかったなと不安になったものだ。
陸の女の子とはこんなにか弱い癖に、10ヶ月も腹に命を抱えて守り抜く…陸に来る前に学びはしたが、こんな細くて腹の子を支えきれるのかと恐怖すら覚えた
フロイドも同じような事を感じたのか、それもと別の感情か、モストロラウンジに熱心に誘ってはサービスやらおまけと称してよく食べさせてやっていた
今思えばあれは求愛給餌だったのかもしれない。本能的に好いたメスへのアピールをしていたんだろう
フロイドに餌付けされるようになると、みるみるうちに健康的な肉付きになったが、本人は太ったとショックを受けていた
アズールとウツボ達の好みでいえばもう少しふくよかな方が健康的で女性らしく可愛いと思ったのだが「ひと月で2キロ太ったんです…美味しすぎて困ります…」と惚気のような相談を何度かされた。
何故アズールに相談してきたかと言えば、過去のぽっちゃり写真と普段のカロリー制限をみていたからだろうか。
…早めにカロリー管理のコツを教えてやろう
そうアズールは心に決める。
番を溺愛するフロイドのことだ、本能的に食べさせたがるし、多少恋人が太ろうが丸々して可愛い!と褒めそやすだろう
しかし、甘い!タコは泳ぎが得意ではないせいか、体質上ほかの人魚と比べて太りやすいし痩せにくい
ダイエットの苦労は痛いほど知っているのだ。
彼女が過去の自分のように、見た目だけで判断され虐められるような目に遭いでもしたら…番どころかモンスターペアレント(自分とジェイド)も黙っていない
フロイドにカロリー管理を覚えさせた方が早いか。番の健康の為の知識ならあっという間に頭に入れるだろう
「アズール」
「なんです?ジェイド」
手元のフライパンに視線を落としながら、ジェイドは口元に笑みを浮かべている
「監督生さん…いえ、今はモーガンさんですね。彼女が戻ってきてからまだ3日も経っていないなんて、信じられませんね」
「ええ、本当に。まるで6年の空白もなく、ずっと一緒に暮らしているかのように馴染んでしまって」
ジェイドの普段の物騒さはなりを潜め、穏やかな表情をしている
「フロイドにとっても、僕らにとっても、彼女が戻ってきてよかった」
「…本当に。」
監督生を失って過ごした約6年の間、アズールもジェイドもフロイドのことを気にかけていた
番を突然奪われたフロイドの喪失感は強く、何をしていても大きく心が動くことなく何処か抜け殻のようだった
そのくせ目だけは爛々と、終えることの無い復讐に燃えていた。
監督生の居ない6年の間、闇オークションをいくつも潰して回った。
それなりに感謝もされたし、自分たちのおかげで助かった命もあっただろう
実際何人かの人魚や獣人を故郷まで送ってやった。
「本当はさぁ、わかってんだよねぇ」
こんなことしたって、小エビちゃん帰って来ないし…あの子を守れなかった償いにもならないって…
フロイドは時折、その高身長を折り曲げて胎児のように丸くなる
蹲って、頭を抱えて、声もあげずに静かに泣く
この世界に居たことすら証明されない、墓すら存在しない彼女のために真珠を零す
番を失った人魚は、そのまま孤独に耐えられず死んでしまうこともある
一生に1人にしか注がれないその重い愛は、時に自分自身すら深く沈めて押し潰してしまう
それでもフロイドが死を選ばなかったのは、アズールとジェイドが傍で支えていたことと、恋人が戯れで言った守られるはずのない約束の為だったのだろう
正直アズールは、番を残してあっさりと死んでしまった監督生に憤ったこともあった
果たせもしない契約でフロイドを生へと縛り付け永遠の眠りにつくなんて無責任だ。それが人魚にとってどれほど残酷なことか知りもしないで
フロイドに死んで欲しい訳ではなかったが、長い年月苦しみ続けるアイツを隣で見続けることになると思った
「…彼女には、長い間フロイドを待たせた事と、その間のフロイドの世話をした僕らへの対価を払ってもらわないといけませんね。」
「フフフ、そうですね。幸い、時間はたっぷりありますから」
ジェイドは大皿へとキノコ料理を盛りつける
アズールが見ていない時ならフライパンから直接食べるところだが(洗い物が減るから楽だ)生憎隣に居るので大人しく皿へと移す
「モーガンさんは揶揄い甲斐がありますからね。しばらくはおもちゃに困りません」
「…お前、やり過ぎてフロイドと喧嘩するなよ」
「嫌ですねぇアズール。フロイドと大喧嘩してモストロラウンジを大破させたのはもう6年も前ですよ」
「あの時の損害が忘れられないから言うんだ!」
ジェイドはわざとらしく肩を竦める
「何はともあれ、フロイドが元気になって良かった」
これからはきっと、賑やかで楽しい日々になるだろう
今度は同じ轍は踏まない。フロイドも彼女を守り抜くに違いない。
「………僕達、もしかしたらお邪魔ですかね」
「いや、モーガンさんが10歳になるまでは邪魔位でちょうどいいです。折角転生して帰ってきたのに、腹上死なんて洒落にもならない」
2人きりにしておくと稚魚にも手を出しかねない。とアズールは断言する
流石にそれは無いと思いますよ、とハッキリ否定してやれないジェイドは
「僕達が番を作れるのも10年後ですかね」
と呟いた
一方、その頃の小エビちゃんとフロイド
「へっぷち」
「え?何今の。くしゃみ?可愛くね?」
「誰かが噂してるんですよ。へっ…へっぷち」
「そんなんあったねー。1回は悪口だっけ?2回は?」
「いい噂とか、笑い話とか言われてたような…」
「あ、止まったね。3回だったら俺、くしゃみの相手絞めなきゃだからねぇ」
「3回はなんでしたっけ?」
「3回はねぇ」
惚れられた、美人の噂
[ 546/554 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]