お出掛け準備だ、小エビちゃん

「では、これで決まりですね。」

「うんうん、可愛いし、小エビちゃんのイメージともピッタリ!」

「では、命名記念にバースデーボードでも作りましょうか」

当の本人を置いてきぼりにして、アズールとフロイドとジェイドの3人は興奮気味に1つのスマホを覗き込む

背の高い3人が小さなスマホを覗き込むと、小さな稚魚の入る隙すらない

「きゅいー。私の名前なのに…」

ちょっぴりむくれた子ダコに気が付き、フロイドは机の上に張り付いた吸盤を引き剥がして自分の方へ引き寄せる

「小エビちゃん小エビちゃん。小エビちゃんの新しいお名前はねぇ、これに決定!」

フロイドが見せてきたスマホの画面には、薄ピンク色の宝石が映っている

それは監督生の故郷の花、桜を思わせる様な穏やかな色だ

「もるが、ないと?」

「そう!でも、このままだと名前っぽくないから、途中で区切ってモーガンちゃん!可愛いでしょー!」

「可愛い…なんか、照れくさいですね」

フロイドは何度ももーがん、もーがんと繰り返す恋人を慈愛に満ちた目で見つめる

「清純とか、愛情とか、そういう意味のある石なんだって。色も可愛いし優しい感じで、マジ小エビちゃんって感じ。」

気に入ったぁ?と可愛い小さな恋人の瞳を覗き込む。

「…はい。うふふ、モーガンかぁ。…今日から私、モーガンです!改めて、よろしくお願いします!」

「ふふ、気に入って頂けたようでなによりです、モーガンさん」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね、モーガンさん」

「んっふふふ。何だか変な気分です」

アズールとジェイドに名前を呼ばれ、稚魚は擽ったそうに身を攀じり照れる

フロイドは嬉しそうな恋人を腕に閉じ込め甘く微笑む。そのうち名前と一緒の宝石買ってあげるからね。

「あ、でも、小エビちゃんは小エビちゃんだから、俺は小エビちゃんって呼ぶけど、いい?」

「はい!フロイドさんだけの呼び方ですからね!」

稚魚はフロイドの腕の中ではにかみ、吸盤のついた足でペタペタと恋人の頬に触れた

それを見ていたアズールは、思わずタコだがチベットスナギツネのような顔になってしまう。

なんだあの幸せと砂糖を煮詰めたみたいな甘々の光景。

「…特別な呼び方とか恋人とか、全くこれっぽっちも羨ましくなんかないです。ええ、ええ、羨ましくないです。くそっ、番欲しい…」

「声に出ちゃってますよ、アズール。そして僕もフロイドがめちゃくちゃ羨ましいです」

ジェイドはチベットスナギツネのような顔にはならなかったが、学生時代カリムにご馳走になったゲロ甘紅茶の味を思い出していた



「さて、今日は忙しいですよ。」

「きゅい?」

「昨日言ったでしょう?陸で暮らすには様々な書類が必要なのです」

フロイドにボディークリームを塗り込まれつつ首を傾げた稚魚に、アズールは腕時計を着けつつそう言う

「小エビちゃん、足貸してー」

「きゅい。その、フロイドさん、塗り過ぎでは…」

「お出掛けするんだよ?干からびちゃうからちゃんと保湿しなきゃ」

「きゅいー」

大きな掌が身体中、隈無くクリームを塗り広げていく。

その手つきは優しく、擽ったい様な気持ちいいような絶妙な力加減だ。血行が良くなったのか身体がポカポカしてくる

番とはいえ、異性に好き勝手に触られるのは少々恥ずかしいのだが、左右色が違う瞳があまりに真剣なので監督生は何も言わず我慢する。

番の世話は、フロイドの中では面倒臭いことに分類されないらしい。惜しみなく注がれる愛情に、子ダコはついつい甘えて身を委ねてしまう

「これねー、保湿だけじゃなくて日焼け止めもあるし、肌が綺麗になるってチョー人気なんだぁ。」

「ヴィルさんからも定期購入して頂いてます。ありがたいことです」

アズールは機嫌良くそう言い、持ってきた帽子を机に並べる

「小エビちゃんはね、これ。俺はこっち」

「はいはい。」

アズールが選ばれなかった帽子を片付ける

余談だが、学生時代にアズール達が開発した原料フロイドのものをベースに改良されたこの保湿クリームは、通販でも大人気だ

あのヴィルも愛用しているとあって、マジカメでも雑誌でもよく取り上げられている。

1匹の人魚から搾ることができる粘液の量なんてたかが知れてるし、他人の美肌のために自分が歩けない程の激痛に見舞われる意味がわからないとフロイドがブチ切れたこともあり、現在は粘液の分泌が多いヌタ鰻の人魚達を雇って搾取している。

絞るまでもなく少しの刺激で粘液を分泌するので、手間は少なく収集効率はバッチリといい事づくめ。

アズールも元原材料だったフロイドもニッコリだ。

おかげで難のあった大量生産にも踏み出せた

閑話休題

「フロイド、持ってきましたよ」

番の世話で手が離せないフロイドの代わりに、ジェイドがいくつかシャツを持ってきて片割れに見せる

「んー、これ。」

「はい、どうぞ。アズールと僕は役場へ行って、モーガンさんの出生届や戸籍や住民票など作ってきます」

「俺と小エビちゃんは、病院ね。」

フロイドは、シャツを恋人に羽織らせてやる。

パレオ代わりのハンカチは一応身に纏っているが、それだけでは心許ない。可愛くか弱い番の素肌を他人の目にも日光にも晒したくない

ちなみにこのシャツはフロイドのものなのだが、稚魚との体格差が凄まじく裾が余る所ではない。どれだけ袖を捲っても腕も足もちらりとも見えない

「ふふふ、大き過ぎてすっぽりです。」

「ちょっと待ってー。服、縮めるから動かないで」

フロイドがクルクルと指を回す

キラキラとした光が監督生を取り囲む。みるみるうちにシャツが身体のサイズに合わせて縮んでいく

「わぁ!ふふっ、ワンピースみたい。ありがとうございますっ」

「ん。やっぱ可愛いー!あ、ボタンは留めない方がいいよ。エラで息すんの苦しくなるからね」

「はーい。」

フロイドの静止に素直に従い、ボタンを留めようとしていた手を止める。

出来たら小さな恋人をすっぽり覆ってしまいたいフロイドだが、番が苦しい思いをするのはNGなのでそこは我慢した

稚魚特有のちょっぴり丸いやわやわのお腹も出来たら誰にも見せたくないけど。本当は誰にも見せたくないけど!!

子ダコはふと気がつく。わたし、モミモミされてる間にフロイドさんコーデにされてない?

そしてそのコーデがフロイドの好みを入れつつも絶妙に監督生好みなところが憎い。なんなのこの人。格好良くないです?

ようやく番にボディークリームを塗り終え、フロイドはベタつく両手で腕を擦りながらアズールに声をかける

「ねぇ、アズール。健康診断と、予防接種と、…あと何するって?」

「アレルギーテストです。」

「時間かかりそー」

病院ってなんであんな時間かかるんだろーね。とフロイドは子ダコに頬を寄せる。あーもちもち。超癒し。

たっぷり塗りこんだクリームのミルクの香りも相まって、控えめに言ってもサイコーだわ。

人間以外の、嗅覚の優れる種族でも臭くない程度の淡い香りが、このクリームの人気の理由の一つでもある。

市販の無香料って結構くせぇんだよね。何入ってんのあれ

「あー、小エビちゃんから甘い匂いするのサイコーだわ。」

「ふふ、フロイドさんにも匂いが移っちゃいますよ。そういえば、お出掛けするのに、人間になる薬は飲まないんですか?」

「10歳を越えないと使用できませんよ」

ジェイドが稚魚の細い髪を軽く梳き、帽子をかぶせる。彼女は前世の時から軽く癖毛であったが、今世でも変わらず癖毛持ちのようだ

生まれ変わったらストレートのサラサラヘアーになるとジェイドの髪を見上げつつ恨めしそうに零したことがあったが、彼女の願いは叶わなかったのだなぁとほんの少し感慨深いようななんとも言えない気持ちになる

「ジェイド先輩?」

「稚魚に変身薬を飲ませると発育に影響が出る可能性がありますからね。」

ジェイドは稚魚の髪を指先に絡めつつ微笑む

「きゅるる。人間姿になれるまで遠いですね」

「病院が終わったら、小エビちゃんの服とか探しに行かないとね」

フロイドはジェイドの頭をぐしゃりと1度だけ撫でる。ジェイドはほんの少し驚いたように目を丸くしたが、すぐにまた微笑んで髪から指を離した

「服かぁ…人魚用の服ってあるんです?」

子ダコは自分の体を見下ろす

現在のファッションは大きめのハンカチを胸と腰に巻き付けたパレオスタイルに、魔法で縮められたフロイドのシャツを軽く羽織った状態だ

普通の服を着ると、どうしてもエラがある辺りに布が掛かってしまう。

「ありませんよ。」

ジェイドはクスクス笑う

「陸で、元の姿のまま暮らす人魚はいませんからね。」

「だから、服代わりに水着買うの。ビキニタイプでー、下がスカートになってるやつ。パンツとスカートがちゃんと別れてるやつ買わなきゃね」

「お前たち、雑談は切り上げてさっさと準備しなさい。そろそろ出ますよ。」

アズールに急かされて、フロイドはやっと自分の着替えをしに行く

残された監督生は机の上で八本の足を動かしながらぼんやりと「私、パンツ履けるの、10年後かぁ」と頭の中で呟く

合法ノーパンロリ…と到底口に出来ない単語が浮かんだので、慌てて頭を振ってその思考を飛ばす

ちょうど部屋で着替えていたフロイドも「あれ、小エビちゃん、人間になれるまでずっとノーパンじゃね?」と(自分が人魚姿の時は全裸なのを差し置いて)考えている等、思いもよらなかった



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