名付けちゃうよ、小エビちゃん
暖かい朝食って素敵!!
監督生は幼児用の椅子に座らされた不満も既に忘れ、食べる前から落ちそうな頬を押えて目をキラキラさせていた
ふわふわのフレンチトーストには朝だと言うのにバニラアイスがのってるし、その上に網目模様を描く様に蜂蜜が惜しみなく掛けられている
人間の幼児ならば食べさせてはいけないもの代表格の蜂蜜だが、人魚の稚魚には関係ないらしい
よくよく考えれば産まれた日から魚バリバリ齧って食べていたし、消化器官が他の生物より強いのかもしれない
学生時代でも、フロイドのご機嫌ななめ料理を食べてお腹を壊した人魚は見たことが無い。ほかの種族は結構ダウンしていた。ハイエナ以外。
色とりどりの1口大サンドイッチはそのままインテリアに出来そうなほど可愛くて美味しそう
四角いベーコンの入った野菜スープは身体を温める根菜がたっぷり柔らかくなるまで煮込まれていて、とってもいい匂い
フルーツがたっぷりのスムージーまで添えてある
「ホテルみたい…」
「こんなんフツーだよ、小エビちゃん」
心底おかしいと言いたげにフロイドが笑う。
「全然普通じゃない!この、なんですか、この、段になってるやつとか…」
鳥籠みたいな、なんかオシャレなやつ!!とヒトデのような小さな指がジェイドの運んできたものを指す
鳥籠の外枠のような形をした、皿が縦に3段並んでいるものをテーブルの中心に置く
小さなケーキがいくつも皿の上を彩っている。朝からこんな贅沢なものが目の前に置かれて良いんです?
ジェイドは慣れた手つきでモーニングティーを注ぎつつ、稚魚が稚魚らしく目を丸くしている様子を見て微笑む。あぁ、大変愛らしいことで
ジェイドが扱うティーカップには上品な銀色で貝殻モチーフの模様が描かれている。が、そのオシャレなカップはやはり監督生の前に置かれることはない
監督生にはプラスチック製のストロー&蓋&取っ手付きのコップが渡される
「これは「ケーキスタンド」ですよ。段の下から順に食べていくんです」
まぁフロイドが取り分けますから、あなたは何も気にせずに召し上がってください。とクスクス笑う
「ケーキスタンド…下から?」
「もうちょっと小エビちゃんが大きくなったら、アフタヌーンティーしようね。それまでに一応マナー教えてあげる」
あって無いようなもんだけどね。と言いつつ、フロイドは取り皿を監督生の前に置く
監督生もハーツラビュル寮の何でもない日おめでとうのパーティーにお邪魔したことはあったが、パーティーというよりスイーツバイキングのような感覚で楽しんでいた
今更だが、なにか失礼なことをしていなかっただろうかと不安になる
マナーより女王の法律に気がいっていたし、男子高校生の食べる勢いに気圧されていた記憶しかない
「まーた変なこと悩んでるでしょ、小エビちゃん。あんま気にし過ぎるとブサイクになるよ?」
「むむ。番にブサイクとは酷いのでは?」
フロイドが膨らみそうだった子ダコの頬を片手で挟み込んで潰す。タコ宜しく突き出された唇が可愛らしい
「…生魚生活から急にオシャレになって、タコちゃんついて行けないんです…」
「それだとボクもついていけない、みたいになっているので訂正して下さい。」
これくらい常識です。とフォークを並べつつアズールが軽く口を尖らせる
美味しそうなタコが2匹だ。とフロイドは肩を揺らしつつキッチンへ戻っていく
「おやおや、手取り足取りお教えしましょうか?アズール」
「間に合ってます。」
歯を見せて揶揄うように笑ったジェイドに、フンと勢いよく腰を下ろし、新聞を手にする。その姿が様になるのだから、かっこいい人ってのはズルい
「おまたせ、小エビちゃん。ご飯食べよっか」
「はい!いただきます!」
「いただきまーす。」
目をキラキラさせている可愛い番のために、フロイドは食事を取り分けてやる
その様子を見つつ、ジェイドとアズールは番は人を変えるものだなぁと呑気に考えつつサンドイッチを手に取った
朝食を終え、片付けに入る
なんとか皿洗いだけでも参加出来ないか交渉してみた監督生だが
「エラに泡が入るとめっちゃ苦しいからダメー。」
とフロイドの肩の上に乗せられ皿洗いの応援をすることとなった。なんだ、皿洗いの応援って。
「ふっふふ、小エビちゃん落ちないでよ?」
「吸盤があるので大丈夫です!」
監督生の足がフロイドの首に巻き付いている。若干苦しいし鬱陶しくもあるのだが、稚魚が楽しそうだったので全て許した。
俺の小エビちゃん、可愛いの化身だから仕方ないね
フロイドが洗った食器をジェイドがすすぎ、アズールが拭いていく。
さすがラウンジでの経験もある為か手馴れている。
「今更ですけど、こういうので魔法って使わないんですね」
フロイドの後頭部に頬を擦り寄せつつ、監督生は不思議そうにする。なんでも魔法であっという間に片付けられたら便利そうなのに
「日常でなんでも魔法に頼っていてはすぐにブロッドが溜まりますし、結局手でやった方が早い事の方が多いんですよ」
アズールが皿を拭く手を休めることなくそう答える。
「そうなんです?」
「食器を拭くだけでも、食器を浮かせる、割らない程度の力で固定する、食器にかけた魔法を維持しつつタオルを操る、所定の場所に片付ける…と様々な魔法の組み合わせが必要になるんです」
ジェイドが自分より上にある子ダコの顔を見上げてくすりと笑う。
「感覚的なものなので伝わりにくいですが、結果的に同じくらい疲れますしね。あなたが想像するより魔法は地味なものですし、あまり得をした気分にはなりませんよ。」
「へぇ…魔法なら、なんでもパパッと出来ちゃうイメージでした。」
「魔法で皿を洗うにしろ料理をするにしろ、手順をよく理解していなければならないんです。自分の身体で実践できない事を魔法で再現することは難しいんですよ」
「うーん、案外万能じゃないし複雑。」
「だれでも簡単に出来るなら、学校なんて必要ないでしょ」
「それもそうですね。」
ちょっぴり肩を落とした監督生に、フロイドはケタケタと笑った。
フロイドが笑うと監督生までダイレクトに揺れが伝わる。思わず頭にしがみつくと、フロイドはまた揺れた
彼女は魔法に対する憧れが強いのだろう。彼女のいた世界の日常に存在しなかったから尚更だろうか。
魔法が使えない人程「魔法は万能だ」と勘違いしていることが多い
呪文を唱えてはい終わり!というイメージが強いようだが、実際は経験と慣れの積み重ねであり非常に地味な作業を繰り返し頭に叩き込むのだ
ジャミルを例に出すと、監督生が知る彼はすでにあの独特な編み込みヘアスタイルを魔法でパッと済ましていたが、最初は手作業でやるよりも時間がかかっていた
慣れない魔法で、髪が絡まるやら引っ張られるやらで腹が立ち、ちぎってやろうかと思ったそうだが、日々鍛錬と続けるうちにほぼ無意識でも出来るようになった
その手順は身体でやるのも魔法でやるのも結局変わりはしないのだ
まぁ何事も例外は存在して、マレウスほどの力があれば全て魔法でやった方が手っ取り早いし楽に感じるだろう。
規格外の量の魔力と魔法センスがあるマレウスならでは…所謂チートのなせる技だ。
「ところで小エビちゃん、ちゃんと応援してよ!俺、めっちゃ頑張ってるのに!」
「だからなんなんですか、皿洗いの応援って!」
食器も片付け終わり、新たに淹れられた紅茶と共に席に着く
「小エビちゃんの新しい名前発表かーい!!」
と元気よくフロイドが両腕をあげる。急に抱えあげられた監督生は某サバンナ映画の子ライオン状態で
「きゅいっ?!」
と驚きの声を漏らした。危うく墨が出るところだった。
フロイドさん、腕長い!高い!たかいたかーいがほんとに高い!
「なんですかそのテンション」
「朝から元気ですね」
アズールは呆れたように、ジェイドは面白そうに少し笑う
びろーんと胴も脚も伸ばしきった監督生は普段より大きく(長く?)みえる。それが抱えられたネコのようで、ジェイドは少し可笑しくなる。
タコって結構伸びるんですね。
「各自考えてくるとは言いましたが、決定権はフロイドにあるんですよね」
「あ。」
ジェイドが高く持ち上げられた監督生をフロイドの手からひょいと奪い取った。
そして、3人の中心あたりにそっと降ろしてやる。八本の脚が広げられる。
テーブルの上にちょこんと座らされつつ、稚魚は小首を傾げ3人の顔を見渡す
「え?私ではなく?」
人魚の言う番とは、ほかの種族の婚姻関係等とは違い存在そのものが特別なのだ。
それこそ命を懸けて愛するものへの執着は他種族とは比べ物にならないほど強い
「番の名前を赤の他人が付けたとなれば、かなーり長期間、機嫌を損ねると思いますよ。」
下手すれば数十年単位で。とアズールが紅茶を啜りつつ心底面倒くさそうに言う
「きゅいー」
「ま、俺も正直そう思うから、俺らの共通点から探してこうかなって」
「共通点?」
「小エビちゃんさー、前に俺らの名前は宝石からとったのかなーって言ってたじゃん?」
フロイドはポチポチとスマホを弄る
アズールは碧という意味だが、その美しい碧色の宝石…ラピスラズリの別名である
ジェイドは昔から魔力を司る宝石と呼ばれる翡翠を意味する
フロイド、という宝石はないのだが、監督生はフローライトをもじってフロイドにしたのではないかと考えていた
フローライトは蛍石のことで、様々な色があり、紫外線を吸収し発光することが知られている。蛍のように光ることからその名前がついているのだ
一つの種類の石でフローライト程のカラーバリエーションがあるのは珍しいらしい。そんなところも、気まぐれなフロイドに似ている
異世界から来た自分を優しく照らし導いてくれたフロイドにピッタリだと、監督生にはそう思えたのだ
「そういえば、そんな話もしましたね」
「だから、小エビちゃんも宝石から名前とったらいいと思うんだ」
俺って天才じゃね?と宝石の種類が並ぶページを開きつつ、無邪気に笑ってみせる
アズールも珍しく
「なるほど。お前にしてはいい案です」
と素直に(?)賞賛した
「なーんかムカつくんだけど。絞めていい?ねぇ、いいよね、小エビちゃん」
「え?えー…後にしましょ?」
「わかった。小エビちゃんがそういうなら後で絞めるね…」
「後にするな!!」
「OK!んじゃ、今から絞めるわ!!」
「そうじゃないだろ!」
「きゅいー。1度絞めたらスッキリします?」
「監督生さん?!」
仲間たちの戯れを微笑ましく見守りつつ、ふむ。と顎に手を当てジェイドはアズールをちらりと見る
「そういえば、アズールの名はあの海の魔女からもインスピレーションを得たものだとか」
「ええ。海の魔女の正式な名前は伝わっていませんが、残された契約書等から頭文字がAだという説が濃厚だそうです。」
タコの人魚ということもあり、僕が産まれる前から、両親はAを名前の最初にすることを決めていたそうですよ。
アズールは少し胸を張る。誰もが憧れる海の魔女からとった名に恥じない魔法士になるし、モストロラウンジだってもっと繁盛させる所存である
「へぇー初耳ー」
フロイドはポチポチとスマホを弄り、興味無さそうにそう言った。
アズールの機嫌が若干悪くなり、顔を顰める
「ジェイド先輩が知っているなら、フロイドさんも一緒に聞いていたんじゃ…?」
「んなの、覚えてねーし。」
「全く、お前はいつも人の話を聞きやしない!」
そういえばあの時もこの時も…とアズールの恨み節が続く
フロイドがげぇ…と大袈裟に身を引き顔を歪める
「そんな言わなくてもいいじゃん。なんか萎えるぅ…」
「フロイド、ちゃんと聞いてあげないと、アズールが拗ねてしまいますよ」
「えー?んなのどーでもいいし。でも、いーじゃん。海の魔女から名前貰うの。小エビちゃんも海の魔女から名前貰っちゃう?」
「なんだか、恐れ多い気もするんですが…」
ブツブツ恨み節を続けているアズールに新たな紅茶を淹れつつ、ジェイドが
「そういえば、海の魔女には妹がいたそうですよ」
と言う。フロイドは少し興味を持ったようで、スマホから目線を上げた
「いもーと?」
「はい。海の魔女程の力はなく、それ程有名ではありませんが…彼女も姉を見習って慈悲の心で人助けをしていたそうですよ」
ね、アズール。とジェイドが声をかけると、眼鏡をかけ直しつつアズールも
「あぁ、妹の逸話には「海で暮らしたがった人間を人魚に変えた」というものがあるそうです。海の魔女とは逆ですね」
と若干不満そうにしつつも続けた。
「きゅるる。初めて聞きました」
「海の魔女の逸話よりかはマイナーですし、数もそう多くありませんからね。」
「へぇー、そいつの名前は残ってねーの?」
フロイドは机の上に広がる、小さな吸盤の並ぶ足の1本を掴む。しゅるりとすぐに握り返すかのように巻き付き、吸盤が肌に張り付く
小エビちゃん、無意識なんだろうけどすぐオレに巻きついてくんじゃん…可愛い…好き…
親指を滑らせ、艶やかな足の感触を楽しむと、稚魚は身を捩ってきゅるきゅる笑った
「ふふふ、擽ったいです」
フロイドの感性では海の魔女は可愛い部類に入る。その身内なのだから妹もきっと可愛いだろう。小エビちゃんの名前に釣り合う価値がある
あとまぁ、Aから始まる名前だとアズールと被るからちょっと面白くないし、妹の方から取った方が精神衛生上とっても良い。うん。
そんなフロイドの脳内のつぶやきを見透かしているかのように、アズールが呆れた表情になる。
「彼女もまた頭文字だけ…Mから始まる名前だったとされていますよ。」
「ふーん。じゃあ、Mから始まる宝石の名前にしよ!」
「なんだかドキドキしますね!」
フロイドはニコニコしつつ稚魚を引き寄せ、一緒にスマホの画面を覗き込む
ジェイドとアズールも横からやいのやいのと口を挟む
「んー、やっぱこれじゃね?小エビちゃんの雰囲気とピッタリじゃん。」
「僕はこちらの方が良いと思うのですが…」
「…お前のセンスはどうもマニアック寄りなんですよね」
「えー、ジェイドのヤツなんか地味ぃ。小エビちゃんは、どれがいー?」
「きゅいー。あまり長い名前は困ります。自己紹介で噛んじゃう」
「あ、そこなんです?」
「これなんかは如何でしょう?呼びやすいと思いますよ?」
「アズールのは、小エビちゃんのイメージじゃなーい。却下!」
揉めに揉めることたっぷり1時間、遂に監督生は名無しの権兵衛から卒業する
監督生改め、彼女の名前は…
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[mokuji]
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