転生したんだよ、小エビちゃん

監督生は久々の料理にほっぺたを押えて身悶えしていた

なんたって半年のワカメ&生魚生活をしていたのだ。あと海水。口の中ずーっと塩味

オークションに出された時は流石にどうなる事かと不安いっぱいだったが運良く番に出会えたし、番のご機嫌クッキングで出来上がったものはそりゃもう美味しい!

おままごとで使うような安っぽいプラスチックの食器はまだちょっぴり気に入らないが、それで料理の味が変わるでもないしとさっさと受け入れた

適応力がなきゃ異世界でニコニコ笑ってられないのだ。まぁ、彼女の場合、適応力があると言うよりは能天気なだけも気がするが…

監督生は小さな口でもきゅもきゅとサラダを頬張る。プチトマトとクルトンが乗ったシーザーサラダだ

カルパッチョはジェイドの好きなタコと監督生が好きなサーモンが交互に並べられ花のように盛り付けられている

唐揚げは喉に詰まらないようにと、半分に切ってから皿に乗せられる

「そこまでしなくても、お魚だって噛み切れたんだから食べれますよぉ…」

「可愛い小エビちゃんの為に俺がやりたいの。ダメ?」

「ぎゅるる。その言い方はずるいです」

ムスッとしつつも恋人に甘やかされるのは嫌いでは無いので、監督生は大人しくフロイドからの子供扱いを受け入れた。

ジェイドがそんな様子に少し目を丸くする。ボクの片割れ、気の遣い方や女性の扱い方が案外うまかったんですね。

もきゅもきゅと咀嚼するそばから次のおかずをフォークに指して口に入れていく。行儀が悪いとは分かっていたが、美味しすぎて手が止まらないのだ

どうにもこの稚魚の身体は本能に素直なようで、中々我慢が効かない

ついつい頬張り過ぎてフグみたいに頬っぺたを膨らませる監督生を、フロイドは愛しくてたまらないといった様子で見つめている。

マジ可愛い。全身から幸せオーラでちゃってるもん。転生しても味の好みは変わってないみたいだし、俺の料理が大好きとか番冥利に尽きるってやつ?作った甲斐があるよねぇ

ちゃちなフォークでは上手く巻き取れないパスタを自分のフォークに絡ませて

「はい、小エビちゃん。あーん」

とフロイドは甘く蕩けるように微笑みつつ差し出す

オスがメスに食べさせる行為は求愛行動の1つだ。

「あーん。」

稚魚はなんの疑いもなくそのパスタを口内へと迎え入れた。

海鮮系はしばらく食べたくないと思っていた監督生だが、フロイド作の小エビとあさりのパスタが美味しくは頬を押える。ほんとにほっぺが落ちちゃうくらい美味しい

「小エビちゃん、美味しそうに食べるね」

「だって美味しいですもん!」

「…いっぱい食べな。んで、早く大きくなって」

早くおっきくなってくんないと、色々辛いわ。俺が。とは口にはしなかった。アズールがじとー…っと青い目を半分瞼に隠れさせながらフロイドを見る

「先に言っておきますが、少なくとも15…10年は手を出すんじゃありませんよ。」

「んなもん分かってるし。」

フロイドがついっと気まずそうに目を逸らし、ジェイドがクスクスと笑う

「きゅる?」

「…小エビちゃんは何も気にせずに、いっぱい食べたらいいの」

まん丸の目に見上げられ居た堪れない気持ちになり、誤魔化すようにパスタを巻いて口へと入れる

クスクス笑っていたジェイドが、堪えきれないとばかりに吹き出した




「さて、お腹も落ち着いたようですし、あなたについて説明しましょうか」

机の上の皿を重ねて端に寄せつつアズールがそう口を開く

ジェイドが淹れてくれた紅茶がベビーチェアの前にことりと置かれる。

「砂糖は2つでよろしいですか?」

「はい、ありがとうございます!」

砂糖が入り、スプーンで混ぜられ溶けていく。とてもいい香りで美味しそうだけど、この幼児用の取っ手付き蓋付きストロー付きの容器に移されるとどうも気になる

文句は言わないが、顔全体にでかでかと不満ですと書かれている様子に、ジェイドはくすくす笑う

「ふふふ。今のあなたには、ティーカップは重たいですよ?」

「ぎゅいぃ…。わかってます…」

何も言っていないのにそう言われ、監督生はぷいっと顔を背ける。

フォークすらきちんと持てなかったのだ、カップを落として割りたくない。分かってるけど、この妙にご機嫌なうさぎが歌っているイラストが気に入らない。せめて無地にして欲しい。

「フフフ。おやおや」

何とも素直で愛らしい…。もぅ本当なら構い倒していじめ倒したくて仕方がないジェイドだが、片割れの視線が痛いのでそれ以上は口を開かなかった

家族とはいえ、人魚の番に手を出すのは賢くない。多少他のオスよりは仲良くすることを許されてはいるが、それでも一線を超えれば容赦なく牙を剥くだろう

「お前たち、話を進めても?」

アズールが呆れたようにため息を吐く。喧嘩がしたいなら稚魚に関わりない場所でやれ。

フロイドが監督生を膝に抱え、ジェイドが大人しく席に着く

「まず、僕達は今、23歳です」

「…23歳?」

「はい」

監督生はポカンとする。背景画像に宇宙が使われそうな見事なお顔。スペースタコちゃんじゃん。

「……えっと、17歳ですよね?」

「んーん。俺たちもう、23歳。陸でも成人過ぎたんだァ」

「えと、私の6年間はどこへ…」

スペースタコちゃんは番を見上げて首を傾げる。

ジェイドはチラリとフロイドを見る。伝えていいんですよね?とアイコンタクトをとると、迷いなく頷かれた

「あなた、死んだんですよ。6年前に」

「へ?」

「正確には殺されました。寝ている間に、心臓を盗られたんですよ」

アズールがそう補足する。

「しんぞう?」

思わず自分の胸に手を当てる。ドクドクと、ちゃんと動いている。

「ほんと。俺、見たから。小エビちゃんが死んでるの」

フロイドは監督生が死んだあと、毎晩のようにあの朝の夢に見た。愛しい番が眠るように死んでいる姿を…

人魚は一途だ。愛する者が死んだら、次の恋を探したりなどはしない。一生に愛するものはただ1人だけなのだ

フロイドは残りの人生を復讐の為に使おうとしていた。

愛しい番を奪う原因になった奴らを根絶やしにする為に、各国のオークション会場を調べ潰していた

皮肉にもそのオークションが監督生と引き合わせてくれる等とは思いもしなかった

「きゅるる…でも、私…」

今、ここにいる私は?と少し不安そうに小さな声が尋ねる。番の腕に身を寄せ、触腕を絡める

フロイドは揺れる瞳を見下ろし、そっと優しく不安を拭いさるように髪を撫でる

「…小エビちゃんさ、昔言ってたこと、覚えてる?」

『私の世界では、輪廻転生は早くて4年5ヶ月だそうです。』『きっと人魚のフロイドさんよりも早く死んじゃいますけど、また生まれ変わったら会いに来ますから、泡になんかなっちゃダメですよ』

それは恋人同士の甘い戯れに過ぎない言葉遊びだった

しかし、監督生は無意識にその約束を果たしたのだ

死してなお、大切な番の為に

ジェイドは顎に手をやる

「なるほど、転生にかかる期間が4年5ヶ月、そこから授精し卵となり産まれてきて、さらに約半年…」

フロイドがジェイドの計算を聞いてケタケタ笑う

「小エビちゃん、ほんとに最短で戻ってきたんじゃんね」

「えと、つまり…」

「転生したんですよ、あなた」

困惑している稚魚にアズールが穏やかな口調でそう教えてやる

「小エビちゃんね、俺に会うために、魂はそのままで新しい体に生まれ変わったの。」







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