買い取られたよ、小エビちゃん

監督生は無事カリムにせり落とされた

ただでさえ高額スタートだったにも関わらず急に3倍程に値を吊り上げた為、一瞬で誰も手を出せなくなった

思わず振り返り競り落とした人物を確認する人達に穏やかに微笑むのは、かの有名な熱砂の国で一二を争う大富豪の長男だ

会場は騒然となり、ジャミルはため息をつく。

「あまり目立つな。俺が困る。」

「すまん。でも、アズールに頼まれたし、誰かに買い取られちまったら大変だろ?」

カリムがからから笑うと、ジャミルはもう一度ため息をついて競り落とした人魚を見る。

舞台上のタコの稚魚ですら、ちょっと困った様に微笑んでいる気がする。

アズールがこの場にいたなら

「確かにいくらかかっても良いとは言いましたが、出来るだけ安く済ますに越したことはないじゃないですか!なんで急にそんな値を吊り上げたんです?!」

とブチ切れたかもしれないが、居ないものは関係ない。

この後にタコの稚魚の値段を聞かされ目をひん剥いて驚くだろうアズールの顔を想像すると、ジャミルの気が少し晴れた

あのタコ野郎が取り乱す様子で、カレー3杯は食べられそうだと笑う

いや、5杯くらいいける。余計な心労を増やしてくれた罰だと思え。ざまぁ。

「商品の受け取りは俺が行く。お前は先にアズール達のところで待っていろ」

「あぁ、わかったぜ」

オークションはまだ続いているが、これ以上長居する理由はない。

カリムはそもそもこの場に興味はなかったし(わざわざこんな場所に出向くまでもなく、欲しい品は勝手にアジーム家に運ばれてくるのだ)、ここに連れてきてくれと頼んだアズール達が居ないのなら尚更だ

「それにしても、なんで急にあの人魚を買い取れなんて言い出したんだろうな。フロイドの様子もおかしかったし」

カリムは立ち上がり、忘れ物がないか席をチラッと見がてらジャミルに問う

人魚の聴覚には監督生の声が届いたのだが、人間であるカリムとジャミルには聞こえなかったようだ

「さぁな。」

知らないものは答えようがない。ジャミルは素っ気なく答えて、商品の受け取りへ向かった



ジャミルは額に手を当て天を仰ぐ。あー。なんか頭痛してきたわ。なんだこれ。

カリムは商家の長男だ。商談の為、様々な国を渡り歩く。その際に、便利な翻訳機は常に持ち歩いている

他の商家が目を付けていないような未開の地では、共通言語を扱える人がそもそも居ないことも少なくないからだ。

カリムに仕えるジャミルも同様に、出掛ける際は必ず持ち歩いている。

これはナイトレイブンカレッジで使われていた翻訳機と同等に優れた性能のもので、大抵の国の言葉を翻訳してくれる

流石に妖精の言葉は翻訳できないが、人魚の言葉は翻訳対象に入っている

「ありがとうございます、ジャミルせんぱい!この恩は忘れません!…というより、忘れられないくらいたかいねだんでしたけど、しゅっせ払いって何年ゆーこーですかね…」

受け取りに行くと、水槽に入れられたタコの稚魚がこちらを見るなり親しげに話しかけてきた

多少舌足らずな話し方とは裏腹に内容は稚魚らしくないし、なんかこの空気読めない能天気さに覚えがある気がするのだ…

タコの稚魚は水槽越しにジャミルの側へぺったり張り付いてニコニコしている。

「半年くらい?あわなかっただけなのに、男の人のせーちょう期はすごいですね!大人びてかっこいいです!」

稚魚は、思考停止して今日の晩御飯をどうするか考え始めたジャミルをよそに、久々のお話が止まらないようだ

何せ半年間、誰ともまともにお喋りしていないのだ。寂しさと不安で発狂しなかった彼女の図太さを褒めてもらいたい。

魚以外のものが食べたいだの、ここは何処だだの、買取の値段の心配(2回目)だの、タコはニコニコ話し続けている。

ジャミルは晩御飯の献立を考え終え、仕方なく目の前の問題に向き合う。このカリム以上にぽわぽわな生命体にやはり覚えがある。

しかし、脳内に浮かんだ人物は…彼女は死んだはずだ。死んだ生き物は生き返らないし、似ているだけの可能性もあるだろ。

初対面でいきなりこちらの名前を呼んだ?知るか。

「あ、もしかして……あの、わたし、オンボロ寮のかんとくせーです!なぜか目が覚めたら人魚になってて…ジャミルせんぱい?聞こえてます?」

ようやっとジャミルが返事をしないことに気が付いたのか、首を傾げてクルクル鳴いた監督生を見下ろし、ジャミルは大きな大きなため息を吐く。

「……やっぱりか。」

マジカルペンを一振し、水槽の鍵を壊して外す。

タコの稚魚を包むイメージで水を丸い形で固定し、浮かせる。魔法の簡易水槽の出来上がりだ。

「わぁ!すごい!」

「お前、」

ジャミルは自称監督生のタコに「自分が死んだことは知っているのか」と尋ねようとして

「……行くぞ。」

余計なことは言わずに魔法で簡易水槽を操作して歩き出した



ジャミルは稚魚と共にオークション会場の外に待たしてあるラクダの元へと向かう。

砂漠が多いこの国では、車輪の着いた乗り物は道の整備された街の中でしか使えない。

町から町への移動はラクダが主だ。

魔法を使える者なら箒も移動手段に入るしそちらの方が何かと楽なのだが、人魚達が得意としないので、消去法でラクダに乗るしかなかった

魔法の絨毯?あんなもん連れてきたらそれこそオークションに出されるわ。そもそも気軽に値段がつくようなものですらない。

ジャミルが先程別れた主とその他人魚共の元へ戻ると、何があったのか全員ボロボロになっていた

フロイドに至ってはその辺の馬車から奪ったらしい幌でぐるぐる巻きにされて唸っている。

ふーふーと荒い息を吐き出す姿はケダモノの様だ。顔に人魚の時の模様が薄らと浮かんでいる。興奮で変身解けかけてんぞ

「何してんだ…」

「いえ、ちょっと暴れだしたので押さえてただけですよ。」

しれっと澄ました顔をしてそう言っているアズールの口の端から血が流れているし

「ふふふ、身内が元気なのはいい事です」

と微笑むジェイドの髪が少し焦げている

ちらりと主を見れば、土埃まみれの肩をビクリと震わせて

「な、何も無かったぜ?」

と来た。それは無理だろ。

「まぁいい。ほら、お望みのもんだぞ」

魔法を操作して簡易水槽をアズール達の前へと運んでやる

「小エビちゃん!!」

ビリビリビリッ!!と頑丈な幌を裂いて、フロイドが飛び出す

「フロイドさん!」

浮かぶ水の球体に手を突っ込み、稚魚の身体をざぶっと取り出す

「小エビちゃん、やっぱり小エビちゃんだ!小エビちゃん、小エビちゃん!!」

「はい、私ですよ!フロイドさん!」

服が濡れることも厭わず、フロイドは小さな稚魚に顔を擦り付ける

監督生は身体いっぱいにフロイドの頭を受け止めてよしよしと髪を撫でる

「小エビちゃん、会いたかった…小エビちゃん…」

監督生の身体に顔を埋めるようにしたままその場にへたり込んで泣き出したフロイドに、ジェイドはやれやれと首を振って微笑む

「フロイド、監督生さんの身体が乾いてしまう前に水へ戻しなさい。この気候は稚魚には辛いでしょうから」

「…うん」

素直に簡易水槽に稚魚を入れてやり、フロイドはずびっと鼻をすする

監督生はきゅるるると喉を鳴らして、水槽の中、少しでもフロイドの傍へと寄り添う

「おかえり、小エビちゃん」

「はい!ただいま、フロイドさん」

姿かたちは大きく変わっても、笑い方は変わらないなぁとフロイドは目を細めた



「彼女を無事に買い取っていただき、ありがとうございます。おいくらでしたか?」

アズールが少し潤む目を瞬いて誤魔化しつつ、ジャミルへ尋ねる

ジャミルは何も言わずに、すっと領収書をみせた。

アズールはそれを受け取り、しばらく眺めていた。

多く並ぶ0の数を数え直すこと3回。

1度目を閉じ、泣き笑いするフロイドとジェイドを見て、もう一度目を閉じ、ニコニコしているタコの稚魚を眺め、手元の領収書を見る。

0多くね?

「………カリムさん?!」

「なんだ?」

カリムは事情がよく分かってないが何だか嬉しそうなフロイド達を見てニコニコしていたのだが、アズールの表情を見て顔を引き攣らせる

余談だが、ジャミルは気配を消して壁に同化しつつ笑っていた。予想よりいい顔したな。アズール。




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