オークションと、小エビちゃん

新たな人生…人魚生?を歩み始めた監督生がすくすく育つこと早数ヶ月…

彼女は今、蛸壺の中で吸盤のついた足をめいいっぱい広げて抵抗していた

「ぎいぃぃぃ!!」

相変わらず発語は出来ないが、 怒りに任せてぎぃぎぃけたたましく鳴き喚く

黒板を爪で引っ掻いたかのような肌が粟立つ不快な音に、男達の低い呻き声が混ざる

「くそっ!なんて力だ!」

「怪我させんなよ!貴重なメスのタコの人魚だぞ!足が無くなったりしたら価値が下がるだろが!」

毎日餌をくれていた男達は口喧嘩しつつ、監督生を蛸壺から引っ張りだそうとしていた

生まれた時は掌に収まるほどの大きさだった監督生も、今や人間の赤子程の大きさになった。

軟体動物のなせる技か、彼女の収まっている蛸壺は人間の頭部より一回り大きい位のサイズだが、ピッタリとはみ出ることなく収まっている

その蛸壺に手を入れられ足を掴まれそうになる度、監督生は威嚇し小さな牙を剥き出しにする

「ぎゅいー!!!」

人魚の肌を火傷させない為の手袋をつけた手が伸ばされると、監督生は思い切り歯を突き立てて抵抗した

「んぎゃ!」

と男のひとりが汚い悲鳴をあげる

分厚い手袋を突き破り、尖った歯の先が皮膚に届いたようだ

魚を骨ごと丸齧りにし、海藻を引きちぎって咀嚼する人魚の歯は結構鋭く、ハイエナには遠く及ばないだろうが人間と比べれば咬合力も強い

「ぎー!ぎ!ぎ!ぎー!!」

喉から耳障りな威嚇音を鳴らしつつ、監督生は蛸壺に引き篭もる

まだ小さな稚魚といえど、筋肉で出来た八本の足とたくさんの吸盤のパワーはかなりのものだ

何故、監督生はここまで頑なに蛸壺から出る事を拒否するのか…それは

「まだ出せねぇのか。オークションに間に合わなくなるだろうが、さっさとしろ!」

こういう事だ。監督生はいよいよ売られるらしい。

結構呑気している監督生も、流石に「わーい!新しい飼い主が出来るんですね!」等と言ってられない。

思い出したのは、以前ジェイドとアズールが話の流れでことも無さげに言っていたことだ

「僕らのような人魚を捕らえて、観賞用に飼ったり、バラして魔法薬の材料にしようとする輩は結構いるんですよ」

まぁ、そういう輩は返り討ちにしてきましたね。としれっと付け加えていた。その時は監督生は人間だったし、人魚って大変なんだなぁと他人事だった。

しかし今は当事者だ。彼らなら抗うだけの力があった。リーチ兄弟は護身術を習っていたし、知恵も度胸も、魔法だってある。

しかし監督生には何も無い。今は売り物として生かされているだけで、ここから出されてしまったらどうなるか…

「もう魔法で眠らせちまえ。」

「ぎっ?!」

怪しく光る魔法石が向けられ、監督生は身を硬くする

稚魚に抗うすべなど無い。ゆっくりと監督生の瞼が下りる

「ぎゅい…」

「ったく、手間取らせやがって」

「見ろよ、歯型ついてら…」

眠りの魔法であっさりと夢の世界へ旅立って力の抜けた監督生を蛸壺から取り出し、隠れる場所のない小さな水槽へと慣れた手つきで移し替える

多少乱暴にされても、監督生はすやすやと寝息を立てて泡を吐くだけだ

目覚めた後で逃げ出さないように蓋を閉め、鍵をかける

「さて、コイツはいくらになるかな?」

「メスのタコの人魚なら高く売れるに決まってる。久々に女でも抱きにいこうぜ」

そんな男達の下品な会話など聞こえるはずもなく、監督生は小さな水槽をふよふよと眠りながら漂っていた



目が覚めた監督生を待っていたのは、薄暗い場所だった

監督生は水槽にへばりついて周りを観察する

目を凝らすと、何に使うかすらよく分からない物や薬草、宝石、自分のように閉じ込められた生き物等、様々なものが集められている

「500000マドルで落札です!」

と大きな声が高らかに響き渡る。

ここはどうやら、オークションの待機場所のような場所らしい。

時折、屈強そうな男が入ってきて、何かを持って出ていく

その繰り返しを、監督生はどうするとことも出来ずに眺めていた。

怖い。逃げたい。そう思っても、稚魚の彼女は非力だ。この水槽から出たとしても、水が無ければ遠くまで移動することすら困難だ

蛸壺があれば引きこもって落ち着けたのに、この水槽には何処にも隠れ場所がない。タコに優しくないのではなかろうか。

何かの手違いで自分の順番が飛ばされたりしないだろうかと祈ってみたが、監督生の番はあっさりと回ってきた。

「さて、お次は珍しいタコの人魚です!卵から孵化させて育てており、人間によく慣れ大人しい個体です!」

大人しい個体というより、まだ幼くまともな抵抗が出来ないと言った方が適切ではなかろうか。

本当なら墨を撒き散らしながら泣き喚きたいところだが、一応精神年齢が20歳に近い監督生は我慢した

どれだけ恐怖と不安に耐えようとしても、素直な幼い身体は縮こまり、喉は無意識にきゅるる…と力なく鳴いてしまう。いよいよ、大男が迎えに来た…

水槽ごと抱えられ、ステージへ上げられる。

監督生はどんな人達に売られるのだろうかと半泣きで客席に目をやる

劇場のように連なった客席に、人がひしめき合っている。誰も彼もが見るからにお金持ちで、高そうなスーツやらドレスに身を包んでいる

出来たら優しそうな人に飼われたい…間違っても内臓かっ捌くような黒魔術関係の人は無しでお願いしたいのだが

「きゅる?」

監督生は客席を眺めていたが、なにかに気が付くと目をまん丸にして水槽にへばりついた

珍しいタコの稚魚が観客に見えやすいように水槽にへばりついたことでざわめきが起こったが、そんなことは彼女には一切関係なかった

監督生の視線の先にいたのは、褐色肌と白い髪、ここからでも分かるキラキラの黄金の装飾を身に付けた人物だ

「きゅるるる?」

カリム先輩?と監督生は首を傾げる

何故か記憶より少し大人びて見える。

彼は長男だったはずだ。兄はいなかったはずだから多分本人、だと、思う、けど。

となると、横にいる褐色美人系のお兄さんはジャミルだろう。何故かそのジャミルも記憶より少し大人びている。

そして、さらにその隣

銀色の髪とメガネの奥の青い瞳。何故彼がカリム達と一緒にいるのか、理由は分からないが、アズールだ

彼の姿は記憶のまま変わっていないように思える

アズールが居るということは、きっと近くに彼もいるはずだ

愛しい番、大切な人、フロイドさん!

監督生は客席を必死に見つめる。アズールの近くには座っていないようだ。

客席を見つめることしばし、愛しい人は遅れて来た。

ターコイズブルーの髪とチョウザメの鱗のピアスがキラキラと揺れている。間違えようのない、フロイドその人だ

ジェイドに引き摺られるようにして見るからに不機嫌な顔でアズールの隣にやってきた。舞台上の監督生にはまだ気が付いていないようだ

「きゅるる!!!きゅるるるるる!!!」

フロイドさん!フロイドさん!と、監督生は水槽に両手を打ちつける。

稚魚がぺちぺちとガラスを叩く音など人々のざわめきにかき消されて聞こえるはずがない

なのに、フロイドははっと弾かれたように顔を上げ、舞台上に置かれた水槽を見つめた。

しばらく呆然とし、ぽかんと口をあけ、思わず零れ落ちた

「小エビ、ちゃん?」

という呟き。あの小さな稚魚は、沢山の人の中、明らかに自分だけを見つめている

「フロイドさん!」

「小エビちゃん?小エビちゃん!」

フロイドは勢いよく座席を飛び越え……ようとした瞬間にジェイドに首根っこを掴まれ、会場を後にした



アズールは熱砂の国のオークションハウスへと訪れていた。

フロイドの恋人が殺されてから、はや6年。彼らは不正オークションやハンターを根絶やしにする活動を続けていた。

今回は貴族や金持ちへ向けた秘密裏開催のオークションで、当然のように招待されたカリムと一緒に訪れていた

「普段ならこういうのには参加しないんだがな」

と言いつつ、アズール達の事情を知っているカリムは協力してくれた。

カリムとてショックだったのだ。ジャミルと自分を助けて貰った恩のある可愛い妹分がある日突然殺されたというのだから。

アズールの頼みを断る理由はなかった

いやー、持つべきものはコネ…友達ですね。ありがたいことです。とニコニコするアズールへ突き刺さるジャミルの胡散臭いものを見る目は中々のものだった。

今回はこの会場の間取りの確認と、警備や逃走経路の下見、参加者の把握が目的だ。

客席に腰を下ろしつつ、アズールは舞台上に現れては売りさばかれていく商品を見ていた。

今日はこの熱砂の国でタコの人魚が売り出されると、オークションが始まる前から会場がザワついていた

まさか客席側にそのタコの人魚がいるとは、ここにいる誰もが思いもよらないだろう。

アズールは眉間に皺を寄せる。こんな暑くて乾燥した地域で人魚が…しかも自分と同じ種族のタコの人魚が売られるなんて、全く面白くない

その人魚は丁度次の商品として運ばれてきたところだった。見たところ、生後半年程の稚魚だ。

可哀想に。恐らく親の顔も知らずに育てられたのだろう。大きな瞳が不安そうに客席を見つめている

慈悲の心で助けてやりたいところだが、今は騒ぎを起こす訳には行かない。

まぁ、買い取った人物を覚えておいて、あとで助けてやろう。アズールはそっと目を閉じる

「アズール、大方確認できました」

間取りを調べていたジェイドがフロイドを引き摺って客席へ戻ってきた。

フロイドはこんな場所に1秒たりともいたくないといった様子でかなりイライラしている。

こんなヤツらがいたせいで、俺の小エビちゃんが殺されたんだ。と、年月が経とうと収まらない怒りが溢れそうになる

「ならもうここにいる必要はありません」

失礼しましょうかとアズールが立ち上がりかけた時だ

「フロイドさん!フロイドさん!!」

と舌足らずな声が聞こえた。小さな小さな声だが、何故かハッキリと聞き取れた

フロイドが弾かれたように顔を上げ、舞台上を見る

タコの稚魚は水槽に張り付き、真っ直ぐにフロイドを見つめて

「フロイドさん!」

と必死に呼びかけている

「小エビちゃん?小エビちゃん!」

「フロイド!待て!」

「フロイド!」

アズールの制止とジェイドがフロイドの首根っこを捕まえたのはほぼ同時だった

「ぐぇ!」

呼吸が詰まり一瞬怯んだ隙にその巨体を引き摺って、ジェイドは会場を後にする

アズールもフロイドが暴れ出す前にと慌ててジェイドを追いかけつつ

「カリムさん!いくらかかっても構いません!必ずお返ししますのであの稚魚を落として下さい!お願いします!!」

と早口で頼む。カリムが

「わかったぜ!」

と元気よく返事をする頃には既に3人の姿は消えていた。早い。



[ 536/554 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -