転生してた、小エビちゃん
目を覚ますと、身体がふよふよと浮かんでいた。薄黄色い空間の中で、まるで空を飛ぶような感覚
今まで夢を現実と間違えることは多々あったが、その逆はなかった。なんとなくだが、夢じゃなさそうだな…と呑気に考える
魔法もあれば妖精も獣人も人魚もいる世界だ、目が覚めたら身体が浮いている事くらいあるだろう。知らんけど
監督生はぼんやりとした目を擦ろうとして、ハッとする
「………手が黒い」
レオナやカリム、ジャミルのように褐色肌ではなく、本当に皮膚が黒い
「てか、足、いっぱいある…」
妙な違和感はあったのだ。見たくなかったけど。
タコだ。タコの足だ。8本ある。
「きゅるるる」
思わず愚痴ろうと思ったが、喉から漏れるのは「言葉」と言うより「鳴き声」だ。イルカの声にちょっと似てる。
私、寝て起きたらタコの人魚になったみたいですね。こんなことあります?
寝る前まではオンボロ寮にいたんですけどね、自分。なんで人魚?なんでタコ?どうせなら恋人と同じウツボがよかったなぁ。
脚を動かしてみようとして、黄色い空間が案外狭いことに気が付く。薄い膜のようなものに覆われているようだ
もしかして、卵の中??
手足をググググッと伸ばすと、空間に少し亀裂が入った。そこに頭を突っ込むようにして身体を出してみる。
「産まれたぞ!珍しい、タコの人魚だ!」
「吸盤が並んでるってことは…メスか!」
「やったぞ!こいつは高く売れる!!」
なるほど、ここは水槽の中。自分はたった今産まれたようだ。おめでとう私。
野太い歓声に包まれつつ、監督生は推測する
どういう原理かは知らないが、人魚の卵にされていたらしい。元の人間に戻れるんだろうか。
キョロキョロと水槽越しの世界を見てみる。見知った顔は当然ながら無く、自分を不躾に見つめる男達の顔は見るからに強面。The悪い人ってお顔。
自分のいる水槽の他にもいくつか水槽が並んでおり、自分のような稚魚が泳いでいたり、半透明の卵が転がっている
ここは何処だろう。先程の男達の発言から、慈善業の稚魚保護活動です♪なんてことは無さそうだ。
ブリーダー…にしても、ちょっと治安が悪そう。親っぽい人魚はいないし…となると、予想出来るのは卵と稚魚を誘拐して売り捌く専門のバイヤーってところか?
私、どうなっちゃうんだろう…。不安から、恋人の名前を呼んでみる。
「くるるるる」
フロイドさん…と呟いたつもりだったが、喉から漏れたのはやっぱり鳴き声のようにしか聞こえなかった
異世界から突如連れてこられ、それがまさかの男子校で自分は紅一点
何かと雑用を押し付けられたり、オーバーブロッドに巻き込まれたり…散々な目に遭わされて来たが、それは監督生を成長させた
主に図太い方面に
「ほら、たんと食えよ。お前は金の成る木だ」
水槽の蓋が開けられ、大量の海藻と魚が放り込まれる
人魚は稚魚の時からナマモノを食べるらしい。ミルクだとか離乳食は一切貰えず、初っ端から生きた魚だ。
稚魚でも捕えられるようにか、魚の動きが妙に鈍い…魔法で痺れさせてあるのかもしれない。
昔見た動物番組で、ペンギンやアシカは魚を食べる時にヒレが刺さらないように頭から食べると言っていた、気がする
それに習って脚で小魚の尻尾を捕まえ、あーんと頭から丸呑みにする。違和感なくするりと入っていった
大きめなやつはガジガジ齧って腹だけ食べる。大きな魚の頭や骨を噛み砕けるだけの咀嚼力は稚魚にはない
なんとなくサラダ系を食べないのは悪い気がして、わかめももしゃもしゃ咀嚼する。
食べ物を海水と一緒に飲み込んでしまっても、海水だけエラから器用に出ていくようだ。不思議。
自分の肋のあたりでパクパク動いているエラを呑気に見つめる監督生だが、そんな彼女にも重大な問題があった。
毎日ご飯をくれるのはありがたいけど、大体魚と海藻ばかりでちょっと飽きる。塩味じゃん。全部。
そう!監督生には毎日の食事に飽きがきていた!
アズールさんじゃないけど、唐揚げ食べたい。ジェイドさんの作ったキノコの肉詰めフライも良いな…あと外せないのは、フロイドさんが気まぐれに作ってくれた海鮮のパスタ…あれが凄く食べたい…
思い出せば思い出す程恋しくなる。同時に少しの虚しさ。水槽から逃げる手段のない監督生は、ここで誰かが来るのを待つしかない。
むさ苦しい男がエサを放り込む時以外、誰とも会っていないし話してもいない。つまりは、寂しい。
監督生は訴えるように
「きゅるるるる」
と鳴く。
稚魚の自分には、食べて寝るしかやることが無い。
寂しいなぁ。会いたいなぁ。誰か助けてくれないかなぁ。そう考える度に自分の喉からは
「きゅるるる、くるるる」
と鳴き声が勝手に出てきてしまうのだ
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