さよなら、小エビちゃん

あてんしょん
初っ端から監督生は死ぬしフロイドはちょっと病むけどハピエン厨?なので大丈夫です!
お約束展開。大丈夫、だってまだ私は書いてないから。
それでもいいよって方はどうぞ!




「私の世界では、輪廻転生は早くて4年5ヶ月だそうです。本当にそうかは検証しようも無いのでわかりませんけど」

フロイドの番であり、オンボロ寮の監督生で、この学園唯一の女の子はニコニコ笑う

「きっと人魚のフロイドさんよりも早く死んじゃいますけど、また生まれ変わったら会いに来ますから、泡になんかなっちゃダメですよ」

それはよく晴れた穏やかな休日の、恋人達特有のなんてことない言葉遊びの惚気けに過ぎない話だ

ひとつのソファーに窮屈そうにくっついて収まって、足を絡ませる

ケラケラと笑い合いながら互いの髪を撫でたり、じゃれ合いながら横顔に唇を触れさせるだけのキスをする

そうやって互いの存在を確かめ合うように彼らは戯れる

「まぁ確かに人魚は長生きだし?5年くらいは待つけどさぁ…それ以上待たしたら飽きて違うメス好きになるかんね」

「ひどぉい!」

ジェイドからせしめた茶葉で淹れた紅茶を飲んで、彼女が焼いた歪な形のクッキーを齧って

幸せってこういうことを言うんじゃんね。とフロイドは金とオリーブの瞳を細めて幸せそうに笑う。

こんな日が永遠と続けばいいのに、と恋人の髪に口付ける

ここを卒業したら海の近くに家を建てて暮らそ。本当は足を尾びれにして貰いたいけど、小エビちゃんは冷たい水の中より暖かな陽の光の中で笑ってる方が似合うから

小エビちゃんと、小エビちゃんに似た稚魚ちゃんに囲まれて、たまにアズールとジェイドが遊びに来て、彼女と共にゆっくり歳をとる

人間のたった100年ぽっちの寿命を、幸せで埋めつくしてやろう

金色に輝く陽射しが窓から入ってくる。陽射しに照らされた彼女はキラキラと輝いて見え、まるで天使のようだ。実物は見たことないけど。

「小エビちゃん。ずっと一緒にいてね」

「もちろんです!」

少女はすりすりと甘えるように恋人の胸板に頬を寄せた



ある日の早朝。オクタヴィネル寮にやかましい騒ぎ声が響き渡る

グリムは夢中で走り、監督生の番であるフロイドを呼びに来たのだ。

息が切れるのも涙とヨダレが床を汚すのも一切気にすることなく走る。

今、頼ることが出来るのは、気に入らないが自分の認めた子分の恋人であるこの男しかいないと思ったから

魔法で吹き飛ばすようにドアを開け、布団を抱き枕のように締め付けている男に飛び乗る

「起きろ!そっくり兄弟!頼むからさっさと起きるんだゾ!!」

「……うるせぇなぁ……んぇ?アザラシちゃん?何でここにいんの?」

寝起きの悪いフロイドを起こす間に、同室のジェイドが「何事です?」と不機嫌そうに頭を掻きながら身体を起こす

ぐしゃぐしゃに泣き喚くグリムは

「子分が…子分が!!」

と繰り返す。フロイドはグリムから飛び出た「子分」の言葉に、恋人に何かあったのかとガバリと飛び起きた

話を聞くより駆け付けた方が速いと部屋から飛び出す。

ジェイドは状況が飲み込めないまま、とりあえず上手く言葉を出せずに泣き喚くグリムを抱え、アズールも起こしてからフロイドの後を追う

妙な胸騒ぎがする。これが勘違いであればいいと、珍しくジェイドは祈るように思った

「監督生さん…フロイド…」

何事もなければいい。そうしたら、人騒がせなと呆れたように言って、これを弱味に無茶振りを押し付けてやるのだ



「こ、小エビちゃん?」

オンボロ寮に着いて階段をかけ登り、監督生の自室を蹴破る

フロイドは震える声で恋人を呼び、立ち尽くした

後から追いかけてきたアズールとジェイドは、呆然と立ち尽くすフロイド越しに部屋の中を見る

フロイドの視線の先には自室のベッドにて無防備に眠る監督生の姿がある

急に叩き起され、寝巻きにコートを引っ掛けてきた格好のアズールは不機嫌に何も無いじゃないかと言おうとしたが、すぐに部屋の中の異常に気が付き絶句した

「なぁ、お前らなら、何とか出来るだろ?」

縋るようなグリムの声が震えている。ジェイドは絞り出すように

「…アズールでも…いえ、例え海の魔女でも、これはどうしようもありません。」

と答える。

監督生の胸には、ぽっかりと穴が空いていた。心臓が、ない。

「死んだ者は、生き返れません。生き返ることは、出来ません。」

「嘘でしょ、小エビちゃん」

フロイドは覚束無い足取りで歩み寄り、崩れ落ちるようにベッドの頭側に膝をつく。冷たくなった恋人の頬をゆっくりと撫でる。人魚の体温より、ずっとずっと肌が冷たい

「擽ったいですよ、フロイドさん」

と身を捩って笑って、今すぐにでも目を覚ましてキスをしてくれそうなのに、恋人の瞼はぴくりとも動かない

唯一の救いは眠りの魔法をかけられているうちに心臓を盗られたのか、とても穏やかな顔をしていることだろうか

ベッドが真っ赤に染まっていなければ、この血の匂いに気が付かなければ、肌がこんなにも冷たくなければ、死んでいるなどと思えない程の穏やかな表情をしていた

「…小エビちゃん、小エビちゃん」

フロイドは壊れたレコードのように恋人の名前を呼ぶ

しばらくの間、グリムの泣く声とフロイドの呼び声だけが、暖かな日差しが降り注ぐ穏やか過ぎる室内に響いた



突如最愛の恋人を失った人魚はそれはもう荒れた。

人魚はただでさえ愛情深く、1度愛した者は生涯手放さない生き物だ。

恋した者の為ならなりふり構わず声もヒレも平気で差し出す愚かで美しい種族。

逃げようとも世界の果てまで追いかけるし、口付けを行い溺れないようにして水の中に引きずり込むことも厭わない

そんな人魚から番を奪った。愚かな事だ。そんなことをしても怒り狂った人魚に殺されるだけなのに

アズールは深いため息を吐いた。

どんな魔法でも、死んだ者は生き返ることは出来ない。それはこの世の理だ。誰もが破ることを許されない禁忌だ。

監督生が死んでいるのを見つけた日、アズールはすぐに学園長に連絡をとった。

彼女はこの世界の人間ではないから、外部の調査を頼ることは不可能だろう。ならば、学園に動いてもらうしかない

幼馴染の恋人を奪った奴らを生かしておく気はさらさらない。見つけ出して、殺す。必ず殺す。

いや、殺したって足りやしないのだ。友の恋人の命は、ゲスの命と釣り合いやしないのだから

監督生の遺体は、悲しみ怒り狂い元の姿に戻ったフロイドが腹に収めてしまった。

これ以上、番を奪われてなるものかと狂気に囚われたのだろう。髪1本、骨の一欠片も余すことなく全て平らげてしまった

ジェイドはそれを止めなかった。異世界から連れてこられた彼女には収まる墓もないし、この世界で焼くのも埋めるのも海へ還すのも、全て違う気がした。

フロイドが食べなければ、自分が腹に収めていたかもしれない。可愛い妹分が突如として奪われたことに、ジェイドも腸が煮えくり返る思いだった

クロウリーも可愛い生徒が学園内で手を出され命を奪われたことに憤慨し、手を尽くして犯人と監督生の心臓のありかを探してくれた

グリムと監督生にかけられていた眠りの魔法の痕跡と血の匂いを辿り探し出す間、フロイドはオンボロ寮でただただ子供のように声を上げて泣き続けた。

恋人の遺体を全て飲み込んでしまった怪物じみた姿から程遠い、愛する者を失った1人の青年の慟哭は昼夜を問わず続いた

恋人の寝室が真珠で埋め尽くされるほど泣き続け、気を失うように眠り、また目を覚まして現実を見てしまって泣き叫ぶ。

それこそ、陳腐な物語のように泡になってしまうのではないかと片割れが心配する程に

「彼女を殺した犯人と、心臓のありかが見つかりました」

クロウリーからの連絡はフロイドには伝えられなかった。アズールとジェイドの2人で心臓を取り返し、フロイドに渡した。

殺した犯人は粗悪品の水中呼吸の薬を飲ませて生きたまま海へ沈めた。小型のサメの多い地域に沈めてやった。

今頃は苦しみながら身元が分からないほど食い荒らされてボロボロになり、海藻のように海底を漂っているだろう

多少痛めつけてやったが、少しも気は晴れなかった。

「オークションのオーナーに依頼されたハンターの仕業でした。初めから監督生さんを狙った犯行だったようです。」

心臓の入った小さな箱を抱き締めてぽろぽろ涙をこぼすフロイドに、アズールも泣きながら、しかし極力冷静な声色で聞き出したことを伝える

ジェイドも片割れの肩に手を置きつつ続ける

「黒魔術に使用する商品として売り出す予定だったそうです。異世界から来た監督生さんの心臓を使えば、異世界の扉を開くことができると考えたようで…こんなくだらないことの為に…」

監督生の自室の床は大量の真珠で溢れていた。フロイドは真っ赤になった目で2人を見上げる

「アズール、ジェイド。オレ、小エビちゃんをこんなにしたヤツらのこと許せねぇし、全員殺したい」

番を守れなかった、不甲斐ない自分の罪滅ぼしも含めて、フロイドは決意する

「ハンターも、オークションの奴らも…あいつらがいなければ、小エビちゃんは死ななかった…だから、全部潰す」

アズールとジェイドから受け取った小さな箱を開ける。保存魔法がかけられているのか、生々しい真っ赤な心臓は今にも血が滴って動き出しそうにも見える

フロイドは大きく口を開け、心臓に牙を立て、咀嚼し、飲み込んでいく

「小エビちゃん、ずっと一緒にいるからね」

人魚の瞳には、どす黒い狂気が渦巻いていた




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