窮鼠、猫を噛まず

外はザァザァ雨が降っていた。

風はほとんど無いが、大粒の雨が止めどなく降り注いでいる

こんな日に出歩くのは、余程の物好きだけだろう

そんな天気なのに、ウラウラ島のポータウン前の交番に、荷物を抱えたキリキザンとその上に傘をさしている少女がやって来る

「おじさーん、ご飯買ってきたよー」

髪についた雨粒を払いながら、ナガレは建物の中を覗き込む

しかし、目的の人は見当たらなかったようだ

キリキザンは当然の様に無人の交番の中に入りこみ、ナガレは少し苦笑してからそれに続く

交番を留守にするなど不用心な...と憤る人物は誰もいない。

そもそもここを訪れる物好きは、ナガレくらいしかいないのだから

数年前からスカル団が街ごと乗っ取って根城にしてしまい、一般人はもちろん、余程腕に自信のあるトレーナー以外はポケモンを奪われかねないと近寄らなくなってしまっている

まぁ、あくまで人間がいないということで、アローラ地方のニャースは山程いたが

ずんずんと進んでいくキリキザンを避けて、ナガレの周りに集まり始めたニャース達に

「クチナシおじさんはまた留守?」

と尋ねる。ニャース達は揃って外を指したので、またブラブラと出掛けてしまったのだろう。

人に弁当の買い出しを頼んでおいて...と溜息をつきつつ、あまり使われた形跡のない事務机の上のタオルを手に取る。

「キリキザン、荷物運びありがとうね」

『―――』

キリキザンから弁当の入った袋を預かり、体を拭いてやる

キリキザンは気持ちが良さそうに大人しくしていた

この辺りは常に雨が降っていることが多い

小判が汚れるのを嫌がるニャース達は、建物の中でおのおの寛いでみたり、餌をねだってみたりと自由にしている

キリキザンの体を綺麗に拭き終わり、自分の髪を拭きながらナガレは

「どうせまた、その辺でニャーニャー鳴く愛人を増やしてんでしょ、クチナシおじさん」

と愚痴を零す。キリキザンがニャース達に木の実を分けてやっているのを横目に、これ以上増やしてどうすんのかね。とぼんやり考える。

小柄だし可愛いのだが、流石にここまで増えると餌代だけでも馬鹿にならないだろう。

気まぐれに集まって来た野良ニャースなので、餌をやる義理などないと言ってしまえばそれまでなのだが...

「まぁ、可愛いし...別にいいんだけどね」

ソファーにどかりと座り込み、すぐに膝に乗ってきたニャースを撫でながら、大きくあくびをする

「ふぁ...雨って眠たくなるよね」

ちょっとどいてねー。と言いながらニャースを脇にどけて、ソファーに寝転がる

「おやすみ...よろしくね、キリキザン」

パートナーに一声かけてから、ナガレは無防備に眠りに入った



気配を感じ、ナガレは目を覚ます。

目を覚ますと言っても、眠気が勝っていたため瞼は閉じたままであったのだが

ニャース達がにゃごにゃごと何かを訴え、適当にそれを流している低い声が聞こえる

キリキザンは侵入者に対して、まったく気にしてないようだ

ぼんやりと、目を開けないまま眠気に身をゆだねていると、影がかかる。どうやら覗き込まれているらしい

徐々に意識が覚醒してきたが、なんとなく起きるタイミングを逃していると、腰のあたりを撫でられる感触がした

「......。」

「あぁ、起こしちまったか」

目の前にあったクチナシの赤い目を見つめるナガレに、彼は平然とすまんなと謝る。

ライドギアを借りようと思ってなと続けながら、目的のものを片手に身を引いていくのを眺めることしばし

「...なーんだ」

ゆっくりと起き上がったナガレは大きく伸びをしてから、クチナシを見遣り軽く唇を尖らせる

「襲ってくれるかと思ったのに」

「......そりゃあ」

すまんかったな。と近くにいた手頃なニャースを撫でながら、クチナシは軽く肩を揺らす

ナガレは、草臥れた制服を着た猫背の男のこの笑い方が好きだった

いつもこれでほだされて、はぐらかされるのだとため息をついてから

「クチナシおじさん、知ってるくせに。」

とナガレは頬を膨らませる。

「意地悪おじさん」

もう一度伸びをしてから、ソファーから立ち上がろうとするナガレの肩に、クチナシが流れる様な仕草でそっと手を置いた

「へ?」

立ち上がり掛けの間抜けな格好でナガレが目を見開いてクチナシを見上げる

男の力で呆気なく押し戻され、ソファーの背もたれに力一杯身体を沈められる

「...本気で、襲ってほしいのか?」

いつもは眠たそうに瞼に隠されている赤い目が、ギラギラと光る。

獲物を壁際に追い詰めたペルシアンのように、舌舐めずりをして今にも噛み付く寸前のグラエナのように、男は見下ろしていた

ナガレは身体を強ばらせ、思わず息を呑む。

2人の距離はジリジリと近づく

そして、ゆっくりゆっくり焦らす様に唇と唇が触れ合う直前で止まる






「...なんてな」

クチナシは肩に置いた手を下ろした。

片方の手で目の前のナガレの髪をグシャグシャに撫でて、クツクツと喉の奥で笑って離れていく

しばらく呆然としていたナガレは、ボサボサな髪型を正すこともせず

「...いじわる」

と呟いた。クチナシは全くもって普段とかわりなく余裕な様子で、すでにニャースと戯れながら弁当を開けていた

「もしくは」

意気地無しめ...

恨めしそうなナガレの呟きは、ニャースの声に紛れて消えた



☆☆☆
視線を感じて振り返ると、ソファーの後ろには

抜刀体制で物言いたげなキリキザンがズンと立っていた

「大丈夫、クチナシおじさんは、何もしないよ」

多分これからさきも、ずっとね。とナガレは苦笑する

キリキザンは、すっと腕の刃物をしまってから、パートナーの髪を撫でた



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