さらば事情のある2人
ナガレは海を見つめていた。寄せては返す波の音を聞きながら、流木に腰掛けてため息をひとつ
「疲れちゃったね、グソクムシャ」
『 ―――』
力なく笑うトレーナーを、パートナーは心配そうに見下ろす
コソクムシを渡した日から、グズマは砂浜を訪れなくなった
数年前に、強い虫ポケモン使いが島巡りに出たと風の噂に聞いた
きっと、それがグズマだろうとナガレは考えていた。
そう、思いたかっただけなのかもしれない
強くあり続けることに疲れて、言い訳するように八百長試合をしていた自分に憧れてくれていた少年
彼には、自分のように未来に悲観して落ちぶれて欲しくなかった
ナガレはグズマ本人には決して尋ねたりしなかったが、家庭環境に問題があることや、家族仲がよくないことに気が付いていた
夜な夜な出歩く少年に事情がない訳なかったし、誰も迎えに来ないのも気になっていた
その姿が、ただただ強いことに固執して孤独にさ迷っていた頃の自分を思い出させて、放っておけなかったのだ
自分にはグソクムシャしか味方がいなかった。だからせめてグズマには、家庭環境に、世間に、社会に潰されて欲しくなかった
「なんて、言い訳だよね。さて、これ食べたら帰ろっか」
ナガレは虹色のポケマメをポケットから取り出す。
『 ―――!』
「慌てないでよ、グソクムシャ」
小さな手でポケマメを受け取るパートナーの癖に笑いながら、2個目のポケマメを準備する
小さな口でハグハグとポケマメを頬張っていたグソクムシャが、ふいにナガレの後ろに視線をやる
その様子に気が付き、確認の為に振り返るより早く
「おい。」
と低い声に呼ばれた。聞き覚えのない声だ
「?」
グソクムシャと共に、その人物を振り返る
砂浜をのっそのっそと蹴飛ばしながら現れたその男は、随分と柄が悪そうだった
真っ白な頭髪に、ダルそうな猫背、片方が欠けた形の大きなサングラスに、ジャラジャラとしたアクセサリー、そしてドクロマークが目に入る
そんな不良と関わる事なんてないんだけどなぁと、ぼんやり考えながら観察することしばし...
目の前まで来て歩みを止めた男を見上げて、視線が絡んで...その眼差しに覚えがあることに気がつく
「もしかして、グズマ君?」
そう尋ねられたグズマは、ニヤリと笑った
グソクムシャはとっくに男の正体に気がついていたらしく、頭を下げて撫でろ撫でろとグズマの胸に顔を埋める
グズマは慣れた手つきでグソクムシャの好きな場所を撫でる
数年の間に、随分大人っぽくなったものだ。とナガレは感慨深くなる
ゴツゴツした大きな手がパートナーを撫でるのを見つめる。グソクムシャにいつの間にかしがみついていた小さな少年の手とは違う、骨張った手
グソクムシャは一通り撫でられると満足して離れていき、パートナーに一声かけると、海の方へ遊びに行ってしまった
ナガレと、グズマの2人が残される
ナガレがなんて声をかけるべきか悩んでいると、グズマが先に口を開いた
「迎えに来てやったぞ」
「へ?」
「駆け落ちすんだろ?」
「...随分と懐かしい話を...」
「ナガレ」
グズマは笑みを引っ込めた。真っ直ぐと静かに見つめられ、ナガレもつられて真面目な顔になってしまう
「しねぇのか?」
グズマの声が、やたら大きく鼓膜を揺らした気がした
グズマは、スカル団ってとこで頭やってんだ。とまたニヤリと笑った
「島巡りを挫折した雑魚ども集めて、面倒見てやんだよ。」
てめぇもスカル団に入れよ。
そう、グズマは手を差し出した。
ナガレは、しばらくその手を見つめて、少し考えて、そして笑った
「しちゃおっかな、駆け落ち」
グズマの大きな手に、ナガレの手が乗って、握り込まれる
その日から、砂浜に事情のある2人が訪れることは無かった
END
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