世間の事情

夜の砂浜はいつでも静かだ。人気もなく、波の音が繰り返される

「ナガレ」

「グズマ君か」

砂浜に直接座り込んでたナガレの耳に、グズマの足音は届いていた

ナガレは、グズマを振り返らなかった

なんとなく、少年の顔を見たくなかった

「ごめんね、余計に失望させたよね」

「......。」

ナガレは昼間、バトルに勝った。接待バトルで、稀に見る上客で、必ず負けなくてはならない場面で勝ってしまった

分かっていたはずなのに、グズマの声援を受けて反射的に勝利を求めてしまった。

その結果、ナガレは上司にこっぴどく怒られ、責められた

幸い、他地方から来た副社長は「楽しいバトルでしたよ」と笑顔だったし、結果的には契約も破棄にならずに問題とはならなかったし、厳重注意だけで済んだと言えば済んだのだが...

怒鳴る上司にただただ謝罪し、頭を下げる姿をグズマに見られてしまったことは、どうにも情けなくてやるせなかった

グズマはグズマで、振り返らない彼女に責任を感じていた

自分が無責任に憧れの人に強くあってほしいと願った結果、ナガレの立場を悪くしてしまった

親に世間体や立場について責められることの多いグズマにとって、1番恐ろしいことをしてしまったのだ

グズマは謝らなければと考えていた。しかし、言葉にならなかった

こんなことを招いた自分に腹が立ったのもあるが、勝負をすれば誰かが勝って誰かが負けるという当たり前のことが許されないことにも腹が立っていた

「ナガレ」

「グズマ君、この子、育ててよ」

ナガレは、グズマが何か言いかけたのを遮って、ぽんと何かを放った

反射的に受け取ったそれは、まだ綺麗で新しいハイパーボールだ

「出してごらん」

グズマはボールを砂浜に投げる

跳ね返って手元に戻ってきたボールをぎこち無く捕まえて、砂に足を取られて慌てているポケモンを見る

「コソクムシ」

「私のグソクムシャの子供だよ」

『 ―――?』

グズマはじたばたとしていたコソクムシを抱える

初めての、自分のポケモン。そして、憧れの人から貰った、憧れのポケモンの子供

グズマの視線は、手の中で動く虫ポケモンに釘付けになる。

ナガレは、グズマを見上げて不思議そうにしているコソクムシの頭を撫でて優しく笑った

「最初は苦労するけど、頼りになるよ」

「コソクムシって、逃げるだけの弱いポケモンだろ」

どうせならもっと強そうなポケモンにしろよと、満更でもなさそうな顔で毒づくグズマに

「逃げてもいいんだよ、最初は特にね」

とナガレは静かに言った

グズマははっとして、腕の中から視線を上げて彼女を見上げる

ナガレは海の先を見ていて、視線は合わなかった

唐突に、海の果てを見ながら

「グズマ君、私と一緒に逃げちゃう?逃避行の旅だよ。」

とナガレは笑った

駆け落ちだねぇと肩を揺らしながら、グズマを見やる

グズマは、ナガレを見つめていた。

ナガレの言いたいことが分からなかった。しかし、なんとなく、わかる気もした

グズマは少し考えてから、口を開く

「オレは」

「うん」

「オレ様がこいつを強くしてやる。こいつと、強くなってやる。」

「うん」

「島巡りをして、キャプテンになって、本気のナガレを倒して、」

「うん」

「こんな社会、ぶっ壊してやる!」

グズマは最後は怒鳴るかのように、泣きそうにそう言った

「私は、挫折しちゃったから」

グズマ君、待ってるね。とナガレはまた笑う

グズマは目元を拭って、コソクムシに視線を落とす。

「オレ様が全部ぶっ壊してやる!だから」

だから、

「お前も、逃げてもいいから、それまで負けんな」

「うん。」

それきり、2人は口を開くことなく、ただ海を眺めて夜を過ごした




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