子供の事情
グズマは無性に腹が立っていた
昼間にナガレがバトルしているのをたまたま見かけてから、腹が立って仕方がなかった
ナガレはかつて虫ポケモンのキャプテンをしていた話は何度も聞いたし、憧れていた
ポニ島に連れて行ってもらい、ナガレと野生ポケモンのバトルを見せてもらったとき、すごく興奮した
自らも彼女のように島巡りをして、強くなって、本気のグソクムシャとバトルして勝ってやるんだと夢みていた
なのに昼間のバトルでナガレとグソクムシャは、自身より小さく弱いガーディに負けていた
何度も攻撃を防いでいたし、反撃のチャンスはいくらでもあったのに、格下の相手にわざとらしく倒されたのだ
悔しがることもなく対戦相手とにこやかに話をしていた事も、グズマを苛つかせる一因となっていた
憧れていた大人のあんな情けない姿を見たくなかった
昼間の喧騒を忘れた静かな砂浜には、ナマコブシが数匹
お気に入りの場所まで戻ってきたばかりの彼らを、苛立ち混じりに海へとぶん投げる少年1人、困った様に笑う大人1人、それを見つめるポケモン1匹
「......。」
「あー...あー......。」
ナガレは、砂浜のナマコブシを片っ端から大海原へ旅立たせそうな背中に、どう声をかけるべきか迷っていた
原因はわかっているのだ。昼間の接待バトルの後、鬼のような形相で睨んで走り去ったグズマの背中を見た
真面目で完璧主義というか、負けず嫌いらしいグズマにはあんな情けないバトルなんて許せなかったんだろう
『 ―――?』
グズマがナマコブシを力一杯投げるたび、グソクムシャが不思議そうに行く先を眺めている。
ナマコブシは餌を食べながらお気に入りの場所へ戻ってくるからいいんだよ、と声をかける。
放っておくと、お気に入りの場所から動かずに餓死してしまうほど頑固なポケモンだから、定期的にバイトを雇って海に返してやる砂浜も有るらしい
近くにいた最後のナマコブシが、ぶっしーと鳴きながら空を飛んでいく
怒りのぶつけ所を失ったグズマに、ナガレは
「失望した?」
と尋ねた
「した」
と間髪入れず、グズマが答える
ナガレは苦笑いするしかなかった。振り向いたグズマは涙目で、恐らく誰よりも悔しがっていた
八百長試合する様な仕事に就いてしまったナガレより、この場で一番グズマが悔しがっていた
何も言わなくなったナガレに、グズマは目に溜めた涙を瞬きで払いながら詰め寄る
「なんで負けんだよ...」
キャプテンやってたんだろ!色んなバトルしてきて、勝ってきたんだろ!?ナガレは格好良い虫ポケモン使いじゃねぇのかよ!
「ナガレは強いんだろ!なんでわざと負けんだよ!」
グズマは肩で息をしながら、ナガレの服を掴み、体を揺さぶる
ナガレは静かに
「仕事、だからね」
と答えた。
「そんなんで納得できるかよ!!!」
グズマは静かに自分を見つめるナガレの手を掴み、次は勝てよとグズマは涙を拭う
「次は絶対勝てよ!」
無理やり小指を絡ませて、絶対、絶対勝てよ!と念を押してそっと離れる
小指を立てたまま立ち尽くしていたナガレを振り返ることなく、グズマは走り去って砂浜から遠ざかって行く
成り行きを見守っていたグソクムシャが、もう見えないグズマの背中と未だに小指を立てているパートナーを交互に見て首を傾げる
『 ―――?』
「困っちゃったね、グソクムシャ」
ナガレは小指を戻し、足元に戻ってきていたナマコブシを掴む
「そぉい!!」
ぶっしーと飛んでいく影を見つめながら、ナガレはもう一度小さく
「困っちゃったなぁ」
と呟いた。
夜の浜辺に残るのは、いつでも事情のある誰かだけだ
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