大人の事情
グズマは家が嫌いだった。家の中で大切なのは成績と世間体。その2つだけだったから
親の期待に応えようと子供ながらに努力もしてきた。常に上位の成績を収めてきた。
しかし「1番」になれないグズマを、親は責めた。「1番」以外に価値はないと言って、決して褒められることは無かった
いつしかグズマは、自分を認めてくれない家から逃げるようになっていた
家近くの夜の浜辺をウロウロとするのがくせになった頃、ナガレとグソクムシャに、グズマは出会った
彼女はグズマの家庭の事情を聞こうとはしなかった。少し困惑したような表情を見せたが、暇なら寝物語でもするかと笑った
自分の存在を認めて、普通に話しをしてもらえる。それだけの事だが、グズマにとっては味方になってくれるただ1人の大人の様に感じた
ナガレの話は、パートナーのグソクムシャとしてきた旅の話が多かった
あとは、遠い島で虫ポケモンのキャプテンをしていたのだとか
子供にとっていつか島巡りをして試練を突破することとキャプテンになる事は、一度は憧れる共通の夢だ
グズマも例外ではなく、ナガレの話に目を輝かせていた
「あの時は困ったよ。大試練なんて任されたものの、主のアブリボンがバトル好きでさ、島巡りのトレーナーが私のグソクムシャと『 おもしろい』バトルをしなきゃ出てきてすらくれなくてね」
「おもしろいバトルってなんだよ」
「力任せに倒すだけじゃなくて、ステルスロックをアクアテールでぶっ飛ばして攻撃したりとか?あと、高速スピンしながら火炎放射させたりとか、見た目に派手なアイデアが出るバトルが好きだったみたいでね」
「強けりゃなんでもいいだろ」
「強いだけのトレーナーは沢山いるよ。あの辺は野生ポケモンも強いし、ただのバトルには飽きちゃったんだろうね」
私もまた、あの頃みたいなバトルをしたいよ
そうナガレは笑った。
グズマは波の音を聞きながら、笑う彼女を見上げる
「俺もナガレみたいに旅出来してさ、キャプテンになってやる」
ナガレにも負けないトレーナーになってやる!と珍しく少年らしく声を上げたグズマをキョトンと見つめてから、また笑って
「グズマ君ならなれるよ」
とナガレは言った
ギラギラ眩しい太陽が照りつける。しかし汗ばんだ額を拭う暇はない
依頼主と相手方のお偉いさん方に見守られながらの接待バトル...当然の事ながら失敗は許されない
ナガレは僅かに口の端をもちあげる。負けるのは好きではないが、このスリルは嫌いでは無い
「グソクムシャ、受け止めろ!」
『 ―――!!』
炎を蓄えた牙を左腕の外殻で受け止め、深く突き立てられる前に弾き飛ばす
小さな橙色の果敢な獣...ガーディは空中で体制を整えて軽く着地すると、低く低く唸る
グソクムシャは接待バトルに向いているポケモンだ
虫、水というタイプは、メジャー所にダメージを与えやすいし、相手側にとっては弱点をつきやすく闘いやすい。
だからといって一撃で倒せるほどヤワな耐久力ではない。弱点をつかれても何度か攻撃を凌いでみせるし、あっさりやられるなんてつまらないバトルはしたことがない
重い甲殻の為か鈍足で動作は鈍いが攻撃力が 高く、一撃を耐えてからの重い反撃で魅せるのだ
先制技も覚えるので不意もつけるし、仕事中はあまり使わない戦術だが、相手の行動を許す前に押し切ってしまうことも可能だ
得意とするのは主に物理型で型が読まれやすい......が、逆をいえば対戦相手にとってはパターンがわかり易く戦略も立てやすいだろう
そしてなにより...
『 ―――!!』
「...いいねぇ、グソクムシャ。あと少し頑張ってよ...」
攻撃を弾いた後、相手を見据えたまま後方に軽くジャンプして真ん前に現れたパートナーの背中に、小さく声をかける
チラリと後ろを振り返って僅かに頷いたグソクムシャは、また次の攻撃動作に移ろうとしている相手のポケモンを見据えた
グソクムシャは、この種族だけの固有特性である危機回避を持つ。体力が半分になった時に手持ちに戻る特性だ
今は一対一のバトルのため手持ちに戻ることはないが、習性がさせるのであろう、一度後退するクセがある
この特性のおかげで、接待バトルがうんとやりやすくなる。体力と相手の技の威力の調節に役立つのだ
「ガーディ!ニトロチャージでスピードをあげるんだ!」
先方はガーディの技の威力が足りたないと見て、手数で押しに来るようだ。
中々良い戦略だとナガレは僅かに笑みを深める
小さな身体で素早く動かれたら狙いを定めるのも一苦労だし、攻撃を躱すのも防ぐのも面倒になる
まぁ、当てれないなら待てばいいのだけれど。と口の中で言葉を転がしながら、ナガレは
「アクアジェットを纏って!」
と指示を出す。グソクムシャは水の鎧を身につけ、ニトロチャージを軽々と受け止める
ガーディは苦手な水に突っ込んでしまい、嫌そうに身体を揺らし吹き飛ばしていた
怯むな!と先方の声が響く
アクアジェットは、水を纏い噴射する勢いで先制攻撃ができる技だ。それをナガレは炎技と火傷を防ぐ楯として使用して見せた
たまにはトリッキーな戦術で魅せるのも仕事のうちなのだ。
ダメージは殆ど防がれてもスピードを上げることに成功したガーディは、さらにニトロチャージを使用しスピードをあげながら猛攻を仕掛ける
グソクムシャがちらりと自らのトレーナーを確認する。ナガレは小さく目で合図した
「グソクムシャ!シザークロス!」
『 ―――!!』
グソクムシャはガーディの素早さについていけないかの様に何回か技を外し、そして炎の牙を受け切れず倒れた
「グソクムシャ、戦闘不能!」
ジャッジ役の同僚が告げると、パラパラと疎らな拍手が起きる
先方の回りに人が集まり、何やら褒めたたえているようだ。これなら契約も上手くいくだろう
「お疲れ様...」
グソクムシャをボールに戻してやり、ナガレは笑顔をつくる
「いやーいいバトルでした」
「いえいえ、そちらこそ...アクアジェットで技を防がれるとは思いませんでした」
バトルを終えたばかりの先方と談笑をしながら、視線を感じた方をちらりと確認する
夜の浜辺でよく出会う少年が、大人達に紛れて立っていたのが見えた気がした
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