風と毛並みと急降下

風が耳の横で唸っている

正直、ゴーグルもつけてないし、目も開けられない

けれど、それでいい

僕がどうこう指示するより、多分レシラムに任せたほうが確実だから

どう力を入れても内蔵が浮いているような感覚が消えなくて、口を開いたら悲鳴がもれそう

でも声を出せばレシラムが気にしてスピードを落としてしまうから、歯を食い縛って耐える

手持ち達のボールが心配そうにガタガタ揺れているから、そんな僕の心中なんてみんな知ってるんだろうけど

レシラムの艶の良い毛を片手で握り、もう片方の手で長い首もとを叩く

「ごめんね。また辛い想いをするかもだけど、諦めきれないんだ」

聞こえなくても良いと思って吐いた言葉に

『ハルト、どんな形でも会えることが幸せなんだって、私が一番知っているんですよ?』

なんて返事が、吹き荒れる気流を避けて、不思議と耳に届いた

一瞬、吐きそうな浮遊感も風のゴウゴウ鳴る音も、手を離したら大惨事になる事も忘れて目を開けていた

白い背中の、汚れの一つもない毛並みが凪いでいる

ポケモンは人間より感情が顔に出にくいし、顔が見えないなら人間もポケモンも推測すら難しい

目を閉じる。風が目に染みたのであって、泣いてなどいない。断じて。

「レシラムはずっと苦しかったよね。大切な人は喧嘩しちゃって、自分達は引き離されて
長いこと世界とも離れて、石になって生きてて…
ようやく会えたのに、トレーナーはこんな腑甲斐ない僕で」

『クスクス、今更ですよそんなの。
文句なんて言ったら、ハルトのパートナーに怒られちゃいます』

レシラムは小さく体を揺すって

『私はあなたを選んで後悔などしていません。だからハルト、謝らないでくださいね』

あなたがするべきは謝罪ではなく、変な声が出ないようにお口を閉じてお腹に力を入れることです

ちょっぴり企んだ、何か含んだ声

ごめん。と言い掛けた口を閉じ、その背中を見てどういう意味か問おうとした時

ぐんっと体が取り残される強い浮遊感の後、重量に添い傾いでいく視界に海が映る

あれ?

「ひやぁぁぁあぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!!」

急下降急落下だなんて聞いてない!

『最近ハルトは落ち込んでばかり。そんなあなたが心から笑えるなら』

なんて思えるほど、今が楽しいんですから

過去の辛いのなんてへっちゃらなんです

☆☆
「今、変な声がしなかったかい?」
『……?』


[ 13/554 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -