後味の悪い話

平腹や田噛は、例えるなら猫のようだ。前者は好奇心旺盛に飛び回り、後者は興味の無いことに一切気が向かないところが猫に似ている

斬島や佐疫は犬だろうか。真面目で従順な前者と、人懐っこく賢い後者は大型犬を彷彿とさせる

ハルトは、人間らしい。ほかの生き物に例えようもなく人間らしい。それがハルトの印象であった

大抵の同僚達にとってハルトのことは、嫌いではないが別段好きでもない。その程度の相手だった

斬島が食事を終えて自室へ戻る最中、ハルトが廊下につっ立って窓を見ているのを見つけた

仕事がない間は自室に篭って本を読んでいることが多いハルトがぼんやりと外を眺めている様子は物珍しくあったが、だからと言ってわざわざ声を掛けるほどでもない

特に用もない斬島は彼の後ろをそのまま通り過ぎかけたが

「斬島。」

と呼ばれ、立ち止まる。ハルトは少しも振り返っておらず、足音か気配のみで後ろにいたのが斬島だと判断したのだろう

素直に足を止め体を向けた斬島に手招きして、ハルトはニヘラとわざとらしく無感情に笑った

「見て、斬島。」

そう促したハルトは窓の外の景色ではなく、窓の少し外側に張られたクモの巣を見つめていたらしかった。斬島は不思議そうにハルトを見下ろす

ほら、ちょうちょ。と指さされた先を見下ろすと、哀れにもクモの巣に引っかかりもがく羽が見えた

ハルトは口の端だけ笑っているように吊り上げながら、笑っているかのような声色で穏やかに

「かわいそうに、食べられちゃうね」

と言った。

斬島はしばし考える仕草を見せたが

「そうだな」

と無感情に返す。ハルトの意図が解りかねていたからだろうか。

「……。」

「………。」

斬島はハルトを見下ろし、ハルトも斬島を見上げる。妙な沈黙が続き、時折蝶が羽ばたこうとする音だけが聞こえる

「助けないの?」

「助けないのか?」

斬島は静かに聞き返す。ハルトが蝶を気にしながらも手を出さないことも、自分に声をかけたりわざとらしく尋ねるのも、理解ができなかったからだ

ハルトは真面目で素直な斬島に、苦笑いを浮かべる

「んー」

そうしばらく唸って、蝶を見下ろして、また斬島を見上げる

「俺ね、」

俺が手を出して蜘蛛が餓死しても嫌だし、逃した蝶の今後の責任をとるのもヤなのよ。とハルトは笑った

自分に嫌気がさしたような、少し困った様な、そんな笑顔で

不思議そうにいつもの無表情を崩さない斬島に、わかる?と首を傾げる

斬島もつられるように首を傾げるだけで、特に何も言いはしなかつた

蝶はここにいる彼らが自分を救ってくれないことに気が付いたのか、今までより大きく羽ばたく

「……、あ。」

斬島は、外を見た

小さな蝶が、忙しなく空へと飛び立っていく

「あ。飛んだね」

二人はぼんやりと蝶の消えた庭を眺めていた。窓の外は、普段と変わらず穏やかにあった

「実はね、斬島。」

蜘蛛は数日前に死んでたんだよね

「このまま死んでたら、蝶は、無駄死にだったね」

ハルトは少しスッキリしたような顔でケラケラと笑った

「かわいそうにねぇ」

斬島はもう一度

「かわいそうにねぇ」

と目を細めたハルトを見つめて、何も言わなかった

本当はハルトが何を揶揄していたのか、分かったような気がしたが、何も言わなかった


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