オレンジピールティー

ここ数日、ミアレのニュースを占めているのは謎の停電のことばかりだ

ミアレシティの電力の殆どは、13番道路に建てられた発電所で作られている

そこで何かが起こっているらしいのだが、詳しい原因は未だに語られていない

メディアによれば、何故か発電所内に立ち入ることすら出来なくなっているとのことだ

その内ジュンサーらが強行突破をするのではないだろうか

ミアレシティではジムリーダーが走り回って色々呼び掛けたり工面しており、なんとか各家庭分の電力の確保はされている

しかし当然であるが、娯楽施設などに回せる程、電力に余裕はない

ミアレシティに立ち並ぶ様々な店舗は自主的に休業日を増やし対応を行っている

もちろん、ズミとナガレのレストランも休業日が増え二人はそれぞれの時間を過ごしている……わけではなかった。

ズミはレストランに誰も居ない事をこれ幸いと腕を磨きに来ていたし、ナガレはそんなズミを見に当然のようにレストランを訪れていた

一応彼女の名誉のために述べておくと、ズミに会いに来たのも理由の一つであるが、誰もいないとはいえレストランの清掃を怠る訳には行かないとわざわざ職場まで通ってくれているのだ

綺麗好きなケロマツは邪魔者がいない分普段より自由に掃除ができると楽しげに飛び回り、小物好きなロゼリアはそんなケロマツを横目に、主人の並べた茶葉の入った小瓶や自らの種族の描かれたポットを愛しそうに眺めていた

そして、いつもならボールの中で眠っていることが多いナガレのパートナーであるデンリュウは、二人の人物を交互に観察して楽しそうである

微笑ましそうに目を細めて頬を緩ませているデンリュウは、瓶に詰められたオレンジの皮を乾燥させたもの…オレンジピールを取り出すパートナーの小さな背中を見てさらに笑みを深める

「人数の分、ポットの分、果物の分」

とナガレはいつもの様に数えながら茶葉を移していく

『---?』

「今日は、オレンジピール…オレンジは、香りもだけど、その色にも、元気づける効果が、あるんだよ」

パートナーに穏やかに効能を説明しながら、お湯を注いで茶葉を蒸らす

「今日は、何を作って、いるんだろうね」

ナガレの見つめる先の背中は、いつもの様に振り返らないけど素敵だった



一方ズミはというと、マロングラッセの為の栗を煮ているところだった

人が居なくキッチンを自由に使える時間が増えたことを利用し、何日も何日も手間をかけなければならない料理の試行を始めたらしい

何度も鍋の中身を覗き込んでは額の汗を拭いながら灰汁を取り除いたり、水を差したりしている

渋皮を丹念に取り除いて、ゆっくりと糖度を上げながら煮込んだ栗は今のところ割れることなく仕上がっており、試しにいくつか取り出してみたところ美味しそうに照って艶を放っていた

グラニュー糖ではなく、甘い蜜を含め様々な蜜で仕上げてみたものもなんとか完成しそうだ

今日はもういいだろうと火を止め蓋を閉じる

そして休憩しようかと振り返り

「今日はまた沢山…」

ズミに取れたホコリをわざわざ見せに来たケロマツと、シンクに向かって決めポーズをしているロゼリア、何故か微笑ましそうにしているデンリュウを順々に見つめる

今まで気配を全く感じていなかったズミは、内心とても驚きながらも平然とエプロンを外して畳む

ズミが膝を折ってケロマツとロゼリアに挨拶をすると、トレーナーの風習を真似てかぺこりと頭を下げた2匹を不思議そうに見つめるズミに椅子を差し出しながら

「すみません、お邪魔、でしたか?」

ナガレはズミのエプロンを受け取って少し困ったように眉を寄せた

デンリュウがトレーナーの気も知らずにくわぁと欠伸をする

「いえ、気になりませんでした。随分と静かでしたね」

「この通り、ですから」

この通り、と指された先にいたはずの2匹は、すでに先程のように各々のやりたいことを始めていた

「誰に似たのか、マイペースで、困ります」

「そうですね」

ズミは少し笑いを含みながらナガレを見る

「一つのことに熱心なところと、人のペースを崩さずに自分のペースを貫くところなんかも似ているのでしょう」

首をかしげたナガレに、ズミは穏やかな表情で

「今日はオレンジの香りがしますね」

と話しを変えた

「正解、です。オレンジピール、オレンジの皮を、乾燥させたものが、入っています」

ジャムやスイーツのトッピングにも使えるので、あると便利なんですと、ナガレは手元にあった小瓶をズミに見えるように掲げる

今回はオレンジピール自体も自分で作ってみたんですよと付け足してから

「オレンジの香りと、その色は、生き物を元気付ける、効果があります。リラックス効果も、あるので、休憩にぴったりです」

と小さく笑う。ズミもつられるように口のはしを小さく持ち上げてなるほどと頷いた

「では、いただきましょう」

「どうぞ」

すでに温められていたカップに、ポットから香り立つ液体が注がれる

「いつもながらいい香りですね。オレンジの甘酸っぱい香りが引き立てられるようです」

「褒めても、紅茶以外、何も出ませんよ」

そう口で言いつつも満更でもないナガレは、ほんの少し頬を赤くして誤魔化すようにデンリュウを見た

デンリュウはクンクンとポットの匂いを嗅いでいたが、パートナーの視線に気がつくとへにゃりと表情を崩して体を揺する

そんな一人と一匹の様子を観察しながら、ズミはカップを持ち上げ口を付ける

ナガレがポケモン達と過ごしている姿は、ズミにとって新鮮な気がした

朝早くに連れているのはケロマツだけのことが多いし、他の手持ち達はボールから出ているのも珍しい

ケロマツとロゼリアとデンリュウ以外に手持ちがいるのかもわからない

そこまで何となしに考えてから、ズミは少しばかり首を傾げる

よくよく思い起こせば、過ごしている時間の割にナガレについて知っていることなど数えるほどしかない

紅茶を淹れるのが得意なことと、たどたどしく話すこと、甘いものが好きなこととか

ズミは先程取り出したマロングラッセを思い出し、鍋から小皿に取り出していたものを持ってくる。湯気もおさまり、ちゃんと冷めているようだ

「試作段階ですが、味見をお願いしても?」

「はい、喜んで」

そして、自分の作ったスイーツを食べるときに幸せそうに笑うこと

「甘くて、美味しいです」

「当然です。このズミが作ったのですから」

いつものように甘味と紅茶を囲む二人を、デンリュウは尾を揺らしてただ幸せそうに目を細めて見つめていた

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