路地裏

人通りがただでさえ多い街中で敵が出たもんだから、野次馬が集ってきたらしい

ヒーローが戦っているとはいえ、避難してくれた方がこちらとしても楽なのに。巻き添えくらったらどうするつもりなのか

内心でそう文句を言いながら、腕時計を見る。敵も朝っぱらから鬱陶しい。せめて昼に出てくれりゃいいのに。昼食とおやつの間くらいの時間に

ナガレは眉間に皺を刻みながら人ごみから外れ、適当なビルに背を預けながら神経質に何度も腕時計を見たり叩いたりを繰り返す

秒針が彼女の目線の先で12を通過しそうになった時

「私が戻って来た!」

やたら体格のいい男性がナガレの目の前に突如として現れた

ナガレはにっこりと歯を見せている男を見上げて、会釈する

「いやーさすがオールマイトさん、人混みを抜けるの上手!あと一秒遅れたら潰してしてやるところでしたけど」

「ハッハッハっ、君と言う奴は相変わらず…」

「冗談だと思わないことですねオールマイトさん」

路地裏に入り、瞬時に縮むオールマイトの腕を掴んで歩かせながら彼女は眉間のしわをもう片方の手で伸ばしながら

「平和の象徴の例の姿を隠すこと。そして戦えない間、私はあなたを守り通す義務があります」

早く学校に行きますよ。先生が遅刻なんて恥ずかしい。と歩く速度を上げる

オールマイトは痩せ窪んでいながらも光を称える目で、腕を引く小さな背中を映す

「いつもすまないね、ナガレ君」

「仕事ですから」

「私としても、いつも君に情けない姿ばかりを見せることになるのは辛い」

少し歯を食いしばりながら、彼はそう背中に言った

オールマイトは昔に負った傷のせいで、ヒーローとして働ける時間が限られている。オールマイトが『平和の象徴オールマイト』としていられるのは1日に3時間程しかない

つまり、その3時間以外はいくら志があってもただの一般人にしか過ぎない

そんなオールマイトを守る任務にあたっているナガレの前では、守られる姿しか見せることが出来ない

「私は、君の前ではこんな自分が情けない」

「オールマイトさん」

ナガレはぴたりと足を止めて振り返る。突然のことにぶつかりかけたオールマイトは、慌てて数歩下がる

「私はあなたの今の姿が好きです」

ナガレは真顔でオールマイトを見上げていた。なんの力もない、なんなら一般人よりひ弱である今の彼を見上げていた。

「私が必要とされる。私だけがこの場で本当のあなたを知っている。」

あなたがずっと『平和の象徴』であれたなら、出会うこともなかったでしょうから

ナガレは先程と同じようにくるりと背を向けて、また手を引いて歩き出す

その耳が後ろからでもわかるほど真っ赤になっていることに気が付いたオールマイトは

「ありがとう、ナガレ君」

と言ってからいつものように豪快に笑ってみせる

小さな背中は遅刻しますよと歩く速度を変えずに返すだけだった





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