絶対王政の揺籠で眠れ

☆あてんしょん
・ちょっとゲスい館長
・ちょっとあれな話題
…OK?



四角い海の最高権力者に呼ばれ、ナガレは重い足取りで彼の部屋へ訪れた

入れ代わるように彼の右腕が退室し、一人と一匹がそこに残される

ナガレはアザラシだ

ここの頂点にて絶対の存在…伊佐奈に命令され、魅力的でない雄と発情もしていないのに交尾をし、仔を孕まされた哀れな雌のアザラシ

シーズンを外れて出産するだけで話題になると淡々と告げた彼を、ナガレはよく覚えている

その時と同じように革張りの椅子に深く腰掛けて右を上に足を組み、片方の肘掛に肘を、その上に顎を乗せて

「懐妊、おめでとう」

ドロドロに腐りきってゴミ箱に破棄される魚のように澱みきって、なんの光も通さない目で、平坦な声が朗々と告げた

ナガレは食いしばった歯の隙間から絞り出すかのようにありがとうございますと返す。

おめでとうだなんて微塵も思ってもいないくせに、わざわざ告げたのは嫌味だろうか。彼は人間以外の下等生物が仔を孕もうが死のうが、テレビ越しで告げられる他人の死よりも興味がない

関心を持つとすれば、それが金になるかならないか。それだけの話だ

伊佐奈は俯くナガレを冷めた目で見下ろす。指先を退屈そうに遊ばせながら

「早速だが、仔をおろせ」

そう、低脳な動物でもわかる様にわかり易く、そして至極簡単に命令した

「は、」

「殺せ。意図的に死産させろ」

ナガレは勢い良く顔を上げる。彼は先程と何ら変わらぬ様子で座っていた

澱んだ目は、すでにナガレすら見ていなかった。まるでもう済んだことと言わんばかりに

「な、なぜ…?」

ナガレは口内がからからに乾いて、声を出すのも必死だった。震える手を抑えて、一歩踏み出す

「あなたが、仔を成せと言ったのに!」

ナガレは無理矢理妊娠させられた

だからと言って、はいそうですかと捨ててしまえる程ナガレは冷淡な雌ではなかった

元は不本意でも、まったく魅力的でない雄との仔であったとしても、自分の腹に宿った仔を殺すなど出来る訳が無い

ナガレはお腹を抑える。少しでも目の前の人間から庇う様に身を丸める

伊佐奈はつまらなそうにアザラシを見下ろした。

哀れでちっぽけな存在のくせに、無駄な抵抗をしてこちらを睨み上げる生意気なアザラシを、ただ無言で見下ろした。

どこからかポンプの呻くような稼働音や水流の音が微かに聞こえる

しばらくして、人形の手足をちぎって遊ぶ子供のように目を細めて、彼はゆっくりと口を開いた

「最近、集客力が落ちてるのは聞いてるな」

アザラシは答えなかった。何を言うつもりかと身構えながら、王に逆らう事に震えながら立っているだけで必死だった

鯨は淡々と続ける

人気を保つために欠かせない話題性…その為にここ丑三つ時水族館は様々なことを行っている

展示数を多くするのはもちろん、ショーや調教の様子の公開

世界一の巨大水槽建築、珍しい生物の展示、珍しい生物達の産卵や出産、飼育期間世界一の達成等

しかしそれでもだ、一度目は注目されても、二度目三度目となれば客は興味を失う

面倒な事に、客は常に真新しさを求める。

丑三つ時水族館は、魔力の効果なのか数々の珍しい生物の産卵や出産に成功してきた

今更アザラシの出産が成功したところで、誰も興味を持たないだろう

「今はマンネリ化している。きっかけが欲しいんだよ」

伊佐奈は足を下ろし、立ち上がった

ナガレは、ジリジリと後退し始めている。この場を逃げたところで、どこにも行けやしないのに。この水族館の外に、助けを求める事も出来ないくせに。

「シーズンを外れて妊娠したアザラシが死産。馬鹿な雑魚達が好きそうな悲劇だろ?」

伊佐奈は小さく首を傾げて見せながら、ナガレとの距離を詰める

ナガレは恐怖のあまり今にも気を失ってしまいそうになりながら、辛うじて立つだけで、後ずさりすら出来なくなっていた

「追悼式も開いてやる。偽善者どもから寄付金も入るだろう」

いい話だろう?と尋ねながら、ナガレの前に立つ。追い詰められた雌の目には希望などなかった。

先程まではあった覚悟も、今はその目から消え失せている

それでもアザラシは最後の最後の気力で、口を開く

「い、いやです」

「あ?」

「わ、私の仔を、殺すなんて、できません…」

「それなら明日のニュースが死産ではなく、妊娠した雌アザラシの死亡に変わるだけだ」

彼の背後で、ブクブクとコートが膨れ上がる。巨大な哺乳類の尾を形作り、岩肌のようなそれの面積が増していく

小さなアザラシがどう抵抗しようが、押さえ付けて腹を強く踏み付けてしまえば終わる話なのだ

「あ、あ、どうか、お許しを…」

「この世に神なんていないんだよ」

彼の力を思い知らす様に、鯨の尾は視界に影を作っていく

「死にたくなきゃ、命削れよ。お前の明日は」

どっちだ?

そう優しく目を細めた絶対の存在に、アザラシは

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