憐れむなかれ
ロデオは肉食が嫌いだった。肉食獣は、他人の生命を食わねば生き長らえる事の出来ない下等生物だからだ
肉を食べる生き物は大抵嫌悪している。爬虫類も、大型の鳥類も、もちろん肉食獣など以ての外だ。
雑食も肉食よりは多少マシではあるが、静かに誰の邪魔をするでもなく草を頬張る自分たちと比べれば遥かに劣る
何故なら雑食といえど結局肉を食うからだ
雑食の生き物というのは、どちらかといえば肉を好む。肉が食えない間に木の実などを少し摘んでみるだけ。つまりは肉食と同じく下等生物である。
ロデオの脳内での答えは単純明快。草食こそ最高にて唯一上等な生き物であるということ
「わかったか?ナガレ」
広い幕張テントの中、踏み台に腰掛けながらロデオは見上げる
彼の鋭い視線の先では、直径2mはありそうな巨大なボールの上で器用に寝転がる雌が1匹
彼女はくわぁと欠伸をした後、ボールの上に立ち上がる
「10の内10は聞いてなかったけど、とりあえず私が嫌いなのは知ってるわ」
ナガレはユキヒョウだ。その名の通り雪を散らしたような美しい模様の毛皮を持つヒョウである彼女は、他のヒョウ達と変わらず肉食である。
「でも、ロデオ。私は渡されたものを食べているだけで、狩りなんてしたことないわ」
それはあなたも知っているでしょう?
ユキヒョウは首を傾げてロデオを見下ろす。
ナガレはサーカスで生まれサーカスで育った。人間の中で育った彼女は狩りどころか、他人に牙や爪を立てたこともない
ボールから飛び降りてロデオの隣に寝転がると、僅かだが距離を開けられる
彼は、肉食が傍に拠るのも気に食わないらしい。床でうつ伏せになったナガレをこれ幸いと見下して
「でもお前は肉を食べるだろう」
「まぁ、食べないでと言われても、今の姿ならともかく普段はねぇ…?」
「ほらな」
サラブレッドは、小馬鹿にしたように鼻を鳴らして笑った
勝ち誇った様に言われ、ユキヒョウは露骨に顔を歪める
「ロデオはきっと、自分がユキヒョウなら肉食至上主義になったでしょうね」
ふん。と馬を真似て鼻を鳴らして見せたナガレは不機嫌そうに牙を見せていて尾を立てたが、すぐにいつもの表情に戻る
パタパタと揺れる尾が、ロデオの逞しい太腿の上を跳ねる。ロデオは嫌悪の混じった目でそれを見た
「それでもまぁ、他の奴らよりはあなたが好きよ」
ロデオは腰のムチにそっと添えていた手を止める。
ユキヒョウの横顔は、草食動物のように儚くテントよりももっと遠くを見つめていた
「だってビャッコフやシクマなんかは、私が狩りが出来ない事を笑うもの。ユキヒョウのくせにって」
あなたは肉食の私を確かに嫌いだけれど
「私が肉食であること以外を馬鹿にしたことはないわ」
ユキヒョウは尾をロデオの太腿から外した。これ以上触れていたら、尻尾をむんずと掴まれてムチで叩かれることくらい容易に想像できていた
痛いことは好きではないとユキヒョウは小さく呟く。
ロデオはムチからは手を離していた。
ナガレの尻尾を掴み、軽く引いて彼女を立たせる
「ショーの練習をするぞ」
「はいなー、ロデオ先輩」
「俺は肉食は嫌いだ。下劣で下品で下等で」
「はい。」
「しかし、まぁ、ナガレ」
お前は少し草食動物に、似ている
「…、いいえ、私は肉食ですよ」
ロデオはナガレに背を向けて、さっさと歩き出していた
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