ロイヤルミルクティー

夜も更けきらない時間帯の厨房に、いつもの二人が居る。珍しく、ズミが既に席についていた

ナガレはなんだか照れますね、なんて微笑みながら、ズミの視線の先で紅茶の準備をしていく。

ケロマツがいつものように厨房の隅の埃を熱心に集めていた

鉄製の茶瓶の中で、グラグラとお湯が沸騰しようとしている

その中に

「茶瓶の分、ミルクの分、人の分」

と数えながらティースプーンを動かし、茶葉を落とすナガレの手を眺める

彼女曰く、ロイヤルミルクティーはミルクに直接茶葉を加え火にかけるイメージがあるが、一度濃いめの紅茶を用意した後、そこへミルクを加えて味が馴染むまで火にかける方が風味を損なわないのだとか

お湯で一度茶葉を開かせないと、ミルクでは上手く風味が出ませんので。と拙く語った横顔はとても穏やかだった

火にかけすぎると香りが飛んでしまうため、頃合を見計らいながら茶瓶を覗き込む。

茶瓶は熱を満遍なく渡らせ、お湯に鉄分を含ませ口当たりを滑らかにする効果がある。

余談であるが、ナガレの手持ちであるケロマツの希望で彼と同じ種族が茶瓶の蓋の持ち手となっているものを使用している

小物好きのロゼリアがそれを購入する際に拗ねてしまい(ロゼリアはスボミーの飾りがついたものを希望していた)彼女の機嫌を直すためにミアレのお高いポフレを献上することになった

さらに余談であるが、ボールの中で昼寝していたデンリュウがロゼリア以上に拗ねてしまい、更にポフィンを作るハメになったのだとか(デンリュウは柄がモココの形に飾られたティースプーンが欲しかったらしい)

火を止め、茶葉を蒸らす為に砂時計を傾けたナガレに

「あなたに紅茶を淹れてもらうことは多々ありますが」

用意しているところを見るのはあまりないような気がします

厨房の隅に置かれた椅子に腰掛けて作業を眺めていたズミがそう言うと、ナガレは小さく肩を揺らす

「私が、ズミシェフが何か作るのを、見ていますから」

今日は、なんの紅茶を用意しようか、ズミシェフの背中を見て、考えるんです

「もうそれが、習慣になっていますね」

珍しく素直にへにゃりと表情をゆるめはにかんだナガレを見て、ズミは眉根をぐぐっと寄せる

ナガレの表情を、意図を、読みかねたからだ。ナガレはただ何も意識せずに口を滑らせたことにも気が付いていない。

「ズミシェフ?」

「……。」

不思議そうに首を傾げたナガレに、ズミは口を結んで何も言わなかった



「ジョウトの女性は、誘いを一度断るのが礼儀なのですか?」

濃過ぎず、薄過ぎず…ミルクと茶葉のどちらの甘味も風味も損なわず、美しく調和させられたロイヤルミルクティーを一口飲んでから、ズミは尋ねる

ナナシとパイルの果汁から作られたソースがたっぷりかけられたカトルカールを頬張りながら、ナガレは首を傾げた

色々アレンジを加えてみたらしい彼のカトルカールは、家庭的な庶民の菓子の筈なのに全くの別物に感じる。ナナシとパイルのソースも、酸味を残しつつもきつい印象を受けない

ズミ曰く、酸味の刺激的な部分を無くし、それでいて酸味を損なわせないまままろやかに仕上げるのに苦労したんだとか。もちろん、果物の味を主体としている為、糖分も控えめとなっている

そんな彼力作のカトルカール名残惜しそうにゴクリと飲み込んで、紅茶で口内の残りも押し流し

「?…んー…そうですね…」

女性に限らず、一度は断るでしょうか…。と少し困り顔でナガレは答える

「そもそも、誘う側も、礼儀として誘うだけで、社交辞令であることが、多いです」

「異性の誘いでもですか?」

「それは、状況にもよりますけれど…その、すぐにyesと言うのは、がっつくみたいで、あまり好かれません」

「なるほど」

ズミは腕を組んで、口をへの字に曲げる。異性の、ましてや他地方の習慣や考え方を理解するのは難しいのであろう

「ザクロさんと、スグリさんの件、ですか?」

他地方の女性と聞いた時点で察しはついていたが、確認の為尋ねてみたところ、間違っていなかったらしく頷きが返ってきた

「……、」

人のことをあまり兎や角話すのも好まれませんがと前置きして、彼はロイヤルミルクティーを一口

「スイーツを振舞ってもらっているお礼をしたいそうなのですが、何を言っても悪いですからと断られてしまうのだとか」

しかし、何かしら受け取ることを強要するというのも変な話ではありませんか

「なにより、迷惑に思われているのではないかと不安に感じているようです」

あれも妙なところで尻込みをする。と苛立ち半分心配半分で締め括った

「………。」

「ナガレ?」

何やらしばらく考え込んでいたが、ズミに名前を呼ばれ、ナガレは穏やかに微笑む

「…本当に迷惑なら、流石にそう言いますよ。」

それに、これは勘ですが

「その、スグリさんは案外」

脈なし、ではないと思います

掃除を終えて肩に飛び乗ったケロマツを軽く撫でて、ナガレはそう言った

「どういうことですか?」

「スグリさんは、ザクロさんに無償で、スイーツを振舞っているんですよね?」

「おそらくは、そのとおりです」

「前からずっと、ですよね?」

「はい。」

ズミの答えに、納得したようにナガレは頷く。ケロマツも、トレーナーと同じように穏やかに頷いて笑っていた

「女性は案外、少し強引に、誘われたいものですよ」

悪戯を仕掛けた少女のように、わかり易くクスクスと笑ってナガレはズミのカップにミルクティーを次ぐ

「いざ、約束を取り付けたら、必ず来てくれますよ。必ず」



☆☆☆
「結局、あなたが何を言いたいのかわかりません。ハッキリ言いなさい」

「断られても、ちょっぴり強引に、誘ってみてください。ってことです(全くの無意識か、現状で満たされているのか、それとも…)」


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