アイスティー

ズミは少ない休日の時間を割いて、とあるカフェに来ていた

ナガレと待ち合わせの場所に指定した、最近出来たばかりの小さなカフェはまずまず繁盛しているようだ

店の雰囲気は明るめで、若い客層に向けて作られているらしい。

ゆっくりと紅茶やコーヒーを嗜むというよりは、複数人で駄弁りに来た女性達や、デート等で訪れる人が多く見られる

落ち着いた雰囲気を好むズミは、女性従業員に勧められなければここを選びはしなかっただろう

一応ナガレに気を遣ったつもりであったが、裏目に出た感が否めなかった。

今後ここには二度と来まい…と内心で呟きながら、先程店員が持ってきたばかりのアイスティーを口に含み、ズミはギュッと眉根を寄せる

飲む前に香りが薄いとは思ったが、茶葉の苦味が全体に出てしまっており本来の甘味と風味が消されてしまっている

大体、メニューにはただアイスティーとだけ書かれていたが、茶葉は何を使用しているのだろうか。

香りも風味も損なわれたアイスティーからそれを推測するのは、自らの舌を持ってしても正直難しいだろうと早々に諦める。

推測をしたところで、店員に「紅茶の種類は何ですか?」などと聞く気も起こらない。

普段飲んでいるものと比べると、少し紅茶に似た香りのついた全く別の代物を飲んでいる様な感覚だった。

至極単純に言うならば、不味い。一人の料理人として、大変許し難いことだ

これが彼の勤めるレストランで出されたものでったなら、何も躊躇わずに用意した人物を「痴れ者が!」と叱りつけていたはずだ。

幸いにも、彼の勤め先では最近紅茶専属人になりつつあるナガレがいるため、彼が叱りつける必要はない

ナガレが来たら、早々にこのカフェを後にして彼女に紅茶を用意してもらいたいものだ

ふとそこまで考えて、ズミは自らの顎の下に手をやる。

ナガレはいつものように、当たり前に美味しい紅茶を振舞ってくれている

思い返せば、それはいつから習慣になっていたのだろうか

どちらかといえば、一息つく時に好んで飲んでいたのはコーヒーだった。カフェで頼むのも、コーヒーばかりだったはずだ

無意識に得体のしれないアイスティーを注文する位には、何かしら毒されているようだ。しかし、何に?

「………。」

ズミの中で何か腑に落ちないらしいく、軽く首をかしげて頭を悩ませる

「……。」

持ったままだったコップをコースターに戻し、ふぅーと長い息を吐き少し姿勢を崩す

たっぷり5分ほど考えてみたものの、答えは出そうにない

時計を確認すると、待ち合わせの時間の30分前を指していた

昼過ぎで人の行き来の激しいミアレ通りをしばし眺め、味の薄い紅茶に視線を戻す

ズミは(誠に不本意ながら、日ごろ付き合う人物達のせいで)待つのには慣れている。

彼が待ち合わせに早く来ることはあれど遅れることは決してないし、そもそも他人を待たせることを良しとしない

彼の友人たちは必ずと言っていいほど遅刻するのだが、それでも毎度待ち合わせの数分前にはその場所に来ている程だ

今回の待ち人は遅れてくることはないだろうが、それでも時間は余っている

この紅茶で残り時間を待つのもなんとなく癪で、新たにコーヒーをオーダーしようかとズミは手元のメニューを開く

彼の友人達がこの場に居合わせたなら「ズミも存外鈍い」と笑ったかもしれない

マーシュはともかく、ザクロは人のことを言えた義理ではないのだが。



ナガレは、ズミと待ち合わせした喫茶店の近くの小物ショップにいた

アンティーク調のアクセサリーを多く取り扱う店内は落ち着いた雰囲気で、飾り棚や机も深い色合いのものに統一されている

ミアレで多く売られている煌びやかなものとは違い、派手過ぎず控えめなそれらを気に入っているナガレは、ここへ訪れることが多かった

小物が好きなロゼリアをボールから出してやり、自身もフラフラと店内を見て回る

いつもの制服でないため慣れないのか、何度も淡い水色のワンピースの裾を確認したりシワを伸ばしたりしているナガレは、普段よりも数段幼く見える。

普段邪魔にならないように上げている髪を下ろしているのも一因であろうか

いつも店を訪れるときとは違い、どこかそわそわしている彼女を微笑ましそうに見ていた顔なじみの店長が

「ナガレちゃん、これからデートかい?」

と声をかけると、彼女は苦笑いを浮かべる。

傍目からわかってしまうほど浮かれていただろうか。

「そうなら、いいのですけどね」

と、ナガレは肩を竦めて曖昧に笑う。少し困ったような、照れているような、なんとも言えない表情だった

頼まれごとをされて浮かれてみたり、期待してしみたりと、ナガレ一人が一喜一憂しているだけで、相手方からのアプローチがある訳じゃない

デートだったなら、ナガレはもっとわかり易く浮かれていただろう

「デートなら、心臓がもちません…」

「なんだ、違うのかい。」

俺だったらナガレちゃんみたいな可愛い子、真っ先にデートに誘うのに。

生粋のミアレ生まれミアレ育ちの彼が笑うと、ナガレもご冗談をと軽く笑った

女性を褒めるのは、カロスの男性の挨拶みたいなものなのだと解ってはいても、やはりどこか気恥ずかしい。ナガレはいつも困ったように眉を下げてしまう

特に店長は、ぺろりと歯が浮くようなことをいうものだから、なかなか慣れないでいた

彼は彼で、カロス女性とは違うウブな反応を見て楽しんでいるらしい

ナガレが店長の顔を何か言いたそうに見つめる視線をかわし

「なんだかいつもよりウキウキしてるから、きっとそうだと思ったんだけどね」

と笑う。

表情の出にくい常連客が、初恋をした少女のように白い頬を薄く染めるのを見ながら、店長は笑みを深めた

カロスの女性達の様に素直に感情を出す子も可愛いが、自分の言葉で様々な表情を少しずつ見せてくれるナガレの様な女性もまた可愛らしいものだ

どうやらデートというのも、あながち間違いではないらしい。相手はともかく、ナガレにとっては。

そう思いはすれど、相手について問い詰めるような無粋なまねはせず、まぁゆっくりしていってね。と手を振り、カウンターの奥へ引っ込む

引き際を弁えている彼に、ナガレは故郷の風習でぺこりと頭を下げる

足元のロゼリアが不思議そうに店長を見送ってから、ナガレを見上げる

長い睫毛の下の眠たそうな目は、落ち着きのないトレーナーの右手首を見ていた

『---?』

「まだ、時間はあるよ」

何かを気にするそぶりを見せたロゼリアに、ナガレは腕時計を確認してそう伝える

ナガレはズミとの待ち合わせを忘れて小物店に来たわけではない。もちろん、時間もきっちり覚えている(好意を覚える相手なのだから、忘れられる訳が無いと彼女はこっそり考えていた)

ズミが遅刻を嫌うのも、寧ろ待ち合わせよりだいぶ早くに来るのも知っている

だからと言って、彼より早く待ち合わせ場所に行ってしまえば、プライドを傷付けかねない。彼は人を待たすのを嫌う

「待ち合わせの、10分前に着くように、行くから。…あと、20分はあるね」

ナガレは、既にバラの小物に見入るロゼリアの隣で困ったように小さく笑う

「楽しみだからって、いくらなんでも、早く来すぎた、かな」

自身と同じ種族の描かれたリボンに夢中になっているロゼリアは、ナガレの言葉など聞いていないようだった

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