モモンティー

試行錯誤してブレンドした香りの良い茶葉は、普段より少し多め。

爽やかな柑橘系の香りを思わせるそれは、最近のお気に入り。

人数分とポットの分と、果物の分。と数えながら、アンティークの瓶から茶葉をスプーンで掬い、丸い形の透明なポットに落としていく

丸い形は見た目にも可愛らしいし、お湯を注いだ時に茶葉が踊る様がよく見られるから昔からのお気に入り

赤子の頬のように淡く色付き水々しいモモンは、皮ごとスライス

モモンの蕩ける様な香りはリラックス効果があるし、果肉は食物繊維やビタミン、ミネラルを多く含む。代謝を整えてもくれるので、女性にとくにオススメだろう

崩れやすい果肉の形を保つ様に気を付けながら、もう一つのポットの中にゆっくりと沈める

見た目を気にしながら配置を決め、良く映える桃色と白く輝く断面が見えるように並べる

お湯は沸騰直前のもの。温め過ぎないように調節して、火を止める。

酸素を多く含ませながら、出来るだけ高いところから飛沫が飛び散らない程度に、茶葉が入ったポットへと注ぐ

モモンの香りを引き立てるであろう、シンプルで爽やかな茶葉の香りが湯気と共に立ち上る

湯が注がれた途端、琥珀から紅へと色が移ろう様子も美しい

そっと蓋をし、茶葉が蒸れるのを静かに待つ

水流に掻き混ぜられ、丸いポットの中で茶葉が上へ下へとくるくる回る

今回もいい紅茶が出来そうだ

予め温めておいたロゼリアの描かれた白い陶器は、水気も拭き取られ準備万端だ。

慣れた手つきで紅茶軽くスプーンで混ぜて、モモンを入れてあるもう一つのポットに紅茶を注ぐ

モモン特有の包み込む様な甘い香りと、紅茶の香りが馴染んでいく。もう少し味が馴染んだら、美味しいピーチティーの出来上がり

ナガレは無表情で淡々と紅茶を淹れると、厨房で眉間を抑えて手を休めていたズミに声をかける

「少し、休憩してはどうですか?」



厨房の隅に椅子を持ってきて、簡単な休憩所を作る

本日は仕込みもない為、同僚達は皆もう家に帰った頃であるだろう。少しくらい場所をとっても誰の邪魔にもならない

片付けられずに残るボウルやマドラー、まな板に残された果汁などを見て、ブリーの実を主体としたスイーツを作っているのだろうとナガレは見当をつけた

先程からこっそりと(本人に自覚はないのだが、彼女は無意識に気配を殺す癖がある)ナガレが見ていた限り、アレンジを加える事無く、レシピ通りにきっちり調理していたようだ

自らの理想の為にと試行錯誤する事は多々あれど、とにかくただ真似をするなどといった事を嫌うズミにしては珍しい

ナガレは、ソーサーとカップの模様の向きがあっている事を確かめてからそっとズミにモモンティーを差し出す

ありがとうございますと軽く目礼してソーサーを受け取ったズミは、ほんの少しだけ表情を緩ませた

ナガレは、料理人としてはまずまずの腕前であり特に抜きん出たところはないとズミは評価している

しかし、何故か紅茶となると彼女の評価はかなり上がる。急上昇するのだ

個人の趣向に合わせるのはもちろん、効能を活かし体調を整えるものやリラックス効果の高いものを場面に合わせて淹れることが出来る

さらにそれを、絶妙なタイミングで用意してくるときたものだ。ナガレ曰く「うちの地方での、美徳、というやつです」とのこと。

仕事で疲れた同僚達のために彼女が毎日のように紅茶を振舞っていたところ、いつのまにか厨房の一角にナガレ専用の紅茶スペースが置かれるようになっていたことを考えれば、その愛され具合がわかるであろうか

余談だが、彼女の同僚の中には「ナガレの美容紅茶しか飲めない!」なんて言う女性もいるくらいである。ちなみにその同僚にはローズヒップティーを主体のブレンドが出される

「ズミシェフが、レシピ通りに作っているなんて、珍しい」

ナガレは、ズミが右手でカップを傾けるのを見ながら口を開く

「何か特別な、レシピなのですか?」

ナガレは、この地方の出身ではない為少しぎこちなく話す。一度ズミが出身を尋ねた事があり、ジョウト地方のチョウジタウンと答えられたがさっぱりわからなかった。片田舎ですから、とは彼女の言だ

ズミはレシピをナガレに見せてやる。レシピの勉強のため、言葉は若干不自由なこともあるが文章は問題なく読めるらしいので困る事はないだろう。ナガレは、手に取ったレシピをゆっくりと眺め始める

数枚の紙に分けてあるレシピには、美味しそうなブリーのタルトの作り方が写真付きで載っていた

丸みを帯びた手書きの均一の文字で、丁寧に手順の説明が並ぶ。所々注釈や注意書きが足されていた

事細かに、初心者にもわかりやすく纏められていて読み易い。これを作った人物はかなり真面目で几帳面なのだろう。

そして気になるのは、様々な場所でカロリーの記入があったり、通常より果物の量が多く砂糖やバターの量が少なくなるようにされていること

ナガレの目線をモモンティーを口に含みながら観察していたズミは、彼女が言いたい事に気が付いたのだろう

「低カロリーのスイーツなど、私は作ったことがありません」

何かを聞かれる前にそう先手を打つ。ナガレは、少しだけ頬を緩ませて笑った

「そうでしょうね」

ズミシェフは、何よりも味覚を尊重されますからね。

ナガレがポットを手に取る

当然です。と新たに琥珀色を注いでもらいながら、ズミは眉間に皺を寄せた

もっとも、眉間に皺を寄せていないことの方が彼は少ない。皺をもっと深くした、と言うべきか

「料理に健康を求めるのはともかく、食材やカロリーを減らしてまで食べたいとは正直思いません」

「では、どうして」

作られたのですか?とナガレは首を傾げる。ズミが新メニューの開発をしていたとしても、ローカロリーメインのものを作るとは思わない

ふぅーと息を吐いて、ズミは椅子にもたれ掛かり腕をだらりと投げ出す

普段きっちりとしている彼にしては珍しい。ナガレは少しだけ目を丸くする

いつも背中に棒が入っているようにしゃんとしている彼の今の姿は、新鮮を通り越して驚きが勝る。

慣れないことをして疲れてしまったのか、友人の為にと考え過ぎて気疲れしてしまったのか…とナガレは表情に出さずに思考を巡らせる

リラックス効果が大きいモモンより、疲労回復効果の高いナナの実の紅茶の方が良かったかもしれない。もしくはとってもビタミンが豊富なチーゴの実

思い付くのが早いか、さっそくナナの実を取り出したナガレを制しながら

「無類の甘い物好きの、友人の為です」

とズミは少し姿勢を正す

ボルダリングはご存知ですか?と聞かれ、ナガレは頷く。体一つで壁を登るスポーツで、当然のことながら重力に逆らい支える体は軽い方が有利だ

話の流れからして、ズミの友人とは、スポーツを優先したいものの甘い物が止められない人物なのだろう

「甘いものが好きだと、体重の維持が、難しいですよね」

とナガレは苦笑いする。先日も誘惑に負けてガトーショコラを購入し食べたばかりだ。しかも甘い蜜たっぷりのミルクティとともに。

ズミはナガレの顔を眺め、呆れた様に僅かに目を細める

ナガレは表情の変化が乏しく読みにくいのだが、食べ物関連のことに関してはだけは不思議とよく分かった。

「甘い物の過剰摂取もどうかと思いますが、今度は我慢のしすぎでストレスを抱えてしまったようで。」

「なるほど。」

ズミは料理は何よりも美味しくなければならないと考えている。しかし、自分の趣向を多少曲げる位にはその友人を想っている…つまりはそれだけ親密な関係にあるのだろう

いいなぁ。とナガレは声に出さずに舌の上で転がす。自分がカロリー云々を語ればきっと、痴れ者が!と一喝されてしまうだろう

自分に淹れた紅茶の香りを吸い込み、ため息を堪える。アロマセラピー効果がいるのは私の方かもしれないとぼんやり考えながら

やはりズミシェフにはチーゴティーだったかもしれない。

「このレシピは、友人を通じて知り合ったパティシエールの方から頂きました」

少し意見を求めただけなのですが、ここまでしてくれました。と語る表情が穏やかで、ナガレはモモンの香りを半ばやけに吸い込む。

パティシエール…ということは相手は女性であると言う事だ

カロス地方の言葉は特徴的で、単語や物に性別がある。例えば本は男性、机は女性。パスタも全体と麺一本では性別が変わるのだとか。女性と男性のそれぞれを尊重するカロスらしいといえばらしいかもしれない

話を戻すと、彼女の地方では男女関係なくパティシェと呼ばれるが、この地方では男性がパティシエ、女性がパティシエールと呼ばれるのだ

さらに

「少し悔しいですが、このレシピは良く出来ています」

果物の素材の味を引き出すという一点において、このズミをも凌ぐでしょう。と言葉が続いたことで、ナガレはもとから饒舌な方ではない口を結んで黙り込んでしまった

少しだけ表情をかたくして、ズミから目を逸らす。正直、見ず知らずの誰かがズミに手放しで褒められているのは面白くなかった

相手が女性であるなら尚更だ。

ズミはナガレが口を結んだ事には気が付いたが、何を考えているまでかはわからず、ほんの少しだけ首を傾げる

ズミにとって、ナガレの地方特有の控え目なランゲージは伝わらないことが多い。カロスの女性と比べて遠慮がちで意見を出さないナガレの意思を汲むのは難しいだろう

カロスの女性がナガレと同じ不満を思っていたなら、冗談めかして「私もそれくらい褒めて欲しいですぅ」くらいは言っていたかもしれない

ズミは、多く語らないナガレのことがよく理解できない。そっと紅茶を準備してくれたり、二人きりで厨房に残ることが多かったり、気が付けば作業を手伝ってくれたりする意味が、ズミにはよくわからない。

わからないが、気味が悪いという訳でもなく、不思議と少し心地が良かった

「ナガレ、味見をお願いします」

黙りこくるナガレに、ズミはあくまで自然に声をかける。特に深い意味はなかった。強いていうなら紅茶のお礼だろうか

ナガレは、目を丸くしてズミを見つめる。目を数回瞬いて不思議そうにしていた

「私が、ですか?」

「あなたはなんでも美味しいと言うので、正直あまり参考にはなりませんが」

少し待っていなさい。とナガレの意見を聞く前に立ち上がり冷蔵庫に向かう。冷やしてあった、レシピの写真に載っていた通りのベリーのタルトが切り分けられ、皿に乗せられる

どうぞ、と差し出されたタルトを見てわぁと感嘆の声を上げるナガレは、普段では見られないような笑顔だった

ズミも嬉しそうにフォークを手にとったナガレを見て、当然悪い気はしない。

ではさっそくとタルトを頬張り始めたナガレに感想を求めると、予想はしていたがすぐに美味しいですと返された

「やはり、あなたは参考になりません」

「でも、ズミシェフが今まで作ってくれたもので、美味しくないものなんて、ないですもん」

「当然です。」

すぐに食べ終えてしまいそうなナガレの為にもうひと切れ準備してやりながら、ズミはなんとなくポットを見やる

今回はモモンの紅茶だが、ナガレは紅茶の効能に詳しい。もしかしたら、糖の吸収を抑えるものも何種類かあるのかもしれない

ズミはタルトをフォークで崩すのに夢中になっているナガレを呼ぶ

ナガレは口内のものを紅茶で流し込み、はい?と首をかしげ返事する。彼女の地方特有の童顔と相まって、その行動はかなり幼く見えた

「あなたが同僚達に振舞っている紅茶の中に、糖の吸収を抑える働きがあるものはありますか?」

「んー…、脂肪の燃焼を助けたり、代謝を整えたりという、ダイエット効果のあるものも指すなら、かなり有ると思いますよ?」

ナガレは、指を折りながらいくつか候補をあげていく

「では、それを教えて下さい」

「私で、いいんですか?」

「私の知っている中で、あなた程紅茶を淹れるのが上手な方はいません」

ズミはナガレの皿に新たなタルトを置きながら平然と言った。

彼の中では、ただ冷静に評価を下したに過ぎないのだろうが、ナガレは褒められた気がしてならなかった

先程までのモヤモヤも吹き飛び、レシピを作った女性のことも瞬間的にどうでも良くなるくらいには嬉しかった

「はい、喜んで」

と珍しく食べ物関連でなく素直に笑ったナガレに、ズミは満足そうに頷いた

余談であるが、ブリーのタルトは全てナガレの胃袋に収まった。どういう構造をしているのかとズミはこっそり疑問に思ったとか





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