降りれない
ナガレは、珍しく泣き喚くこと無く壁を登っていた
今にも死んでしまいそうな青い顔をして唇を噛みながらも、辛うじて叫びださないでいるのは
「ナガレ、あと少しですよ」
と数m上から手を伸ばすザクロ以外を視界に入れない様にするのに必死だったからだろう
自分なら数秒で登りきるであろう高さを、ゆっくりゆっくり慎重に進むナガレをザクロは微笑ましそうに見下ろしていた
とにかく余裕が無いナガレは当然のようにザクロの表情など気が付きもしなかったが
ナガレが時折高さを確認しようとする度に声を掛けて下を向くのを止めてやりながらザクロは、白い手が岩を掴むのを見ていた
ナガレは、毎度懲りずに諦めない。怯えて恐がって、それでも高みをめざし手を伸ばす
何度も何度も失敗して他人に呆れられても、粘り強く執念深く同じことを繰り返す
目の前の壁を打破しようと、美しく努力し続ける
ジムトレーナーは気が付いていないが、毎日ナガレは少しずつ昨日よりも高いところに登っていたのだ
結果はお馴染み、壁に張り付いてジムリーダーを呼んでいたが…
「ざ、ザクロさ…」
か細く名前を呼ばれ、さらに身を乗り出して手を伸ばしてやる
ザクロとは違い、細くて白くて柔らかい…少女の手を掴む
しっかりと力を込めて自分が立つ足場に持ち上げてやると、ナガレはペタリとへたり込んでしまった
そんなナガレに視線を合わせて屈みながら、ザクロは目の前の頭を撫でる
「ナガレ、よく頑張りましたね!」
「!!」
ナガレは驚いた様に目と口を丸くした。放心してしまったのか、ただただ頭を撫でられながらザクロを見つめる
ザクロが穏やかにおめでとうと笑うと、状況が呑み込めてきたらしく漸く破顔した
ザクロが待っていた足場は、ナガレのジムトレーナーとしての本来の持ち場であった
地上からおよそ10m…決して高すぎる場所では無かったが、高所恐怖症のナガレにとってそこは未知の世界だった
「初めて、登れました」
ありがとうございます…と、腰を下ろしたままナガレはへにゃりと笑った
「私は何もしていません。あなたが努力したからですよ」
「いえ、ザクロさんが居なければ無理でしたよ!」
ザクロさんだけを見て、なんとか下を見ずに済みました
「いつも助けてもらっちゃってますけど…今回も、ザクロさんのおかげです。ありがとうございます」
立ち上がって大きく頭を下げたナガレを見上げて、ザクロは少し寂しく思った
彼女の成長を喜ぶ反面、これまでのままいて欲しい気持ちも多少存在していた
ナガレを助ける機会が減る。それはつまり、彼女との時間が減ってしまうのではないかと、ほんの少し寂しく思えたのだ
しかし、ゆっくり立ち上がったザクロは、いつもの様にナガレを見下ろして笑う
「ほんとに、良かったですね」
「はい!」
自分が笑えば、ナガレはつられてすぐに笑う
それだけで、いいじゃないか。
ザクロは喜びはしゃぐナガレを、目を細めて見つめていた
「ところで、ここまで来たはいいですが…ナガレはどうやって降りるのですか?」
「!!!」
☆☆☆
ナガレが、あのズサァァァァと下るやつが出来るとは思わない←
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