登れてた
今日も今日とて壁に張り付いて大声で助けを求めたナガレは、降りたばかりの場所を恨めしそうに見上げていた
「昔は登れたのに…」
「どうしたのですか、ナガレ」
今日も今日とて名指しで呼ばれ彼女を助けたばかりのザクロは、首を傾げて不思議そうにナガレを見下ろす
先程まで泣き喚いていたのに、毎度諦めないなぁと思いながらもそんな態度は微塵も見せずにいる彼に
「いえ、私、小さい頃は高いところ平気だったんですよ」
とナガレは壁を見上げながら言った
あの辺位までなら平気で登ってましたねと指さした場所は、確かにナガレがいつも諦める場所より大分高かった
大分高いとっても、ナガレが地上から3m以上登っているところをジムで見た者はいない。余談であるが。
ザクロは未練がましく壁を見上げるナガレの髪を撫でながら、この子にとっての高い基準は何mからなんだろうとぼんやり考えていた
「でも、足を滑らせて崖から落ちちゃったんですよね」
怪我とかはしなかったんですけど。と付け足してから、ナガレは首を傾げる
「そーいえば、なんで怪我しなかったんだっけ……ザクロさん?」
「………?」
いつもくだらない話にでも相槌を打ってくれるザクロが無言であることに気が付き、ナガレは背の高い彼を見上げる
ザクロは、ナガレを撫でる手を止めて首を捻っていた
時折唸っては、思い出したかのようにナガレの髪をくるりと指に巻き付けていく
無意識に髪を弄っているらしいザクロをナガレは咎めることなくただ見上げていたのだが、それに気が付かず彼は首を反対に捻った
痺れを切らしたらしいナガレが彼を呼ぶと、ザクロは突拍子もなく
「もしかして、帽子をとろうとしてませんでしたか?」
とだけ尋ねた
「へ?」
流石に予想外だったのか、ナガレは間抜けに口を開いてザクロを見上げていた。不思議な飴を放りこみたくなる位にはいい開きっぷりをしている
彼はぽかんとしているナガレを気にした風もなく続ける
「黄色いリボンと向日葵の飾りがついた帽子です」
「そうですそうです!昔のお気に入りで…」
ってなんで知ってるんですか?と先程までの自分と同じように首を横に倒したナガレの髪を摘みながら、ザクロは笑った
「あぁ、たぶん崖から落ちてきたナガレを受け止めたことがあるんですよ」
帽子を取ろうとして足を滑べらせたあなたを。
ザクロは宙に腕を伸ばし何かを受け止める様な仕草を真似て、こんな感じでしたねとさらに笑う
ザクロの仕草に見覚えがあったナガレは、目を真ん丸にして
「思い出しました!」
怪我をしなかったのは、たまたま海岸沿いを散歩していた背の高いお兄さんが助けてくれたからでした!とザクロにつられる様にナガレも笑った
「あの時はありがとうございました!」
「いえいえ、まさかあの落ちてきた子がナガレだったとは思いませんでした」
まるで運命ですね。と小さく呟かれた言葉を聞き取れず、聞き返したナガレをザクロは曖昧に笑って誤魔化した
ニッコリ笑ったザクロは、わけも解らずつられて笑うナガレの頭を撫でる
「なんでも、ありませんよ」
ザクロは太陽を見た時のように目を細めて微笑みながら、数年前に海辺の道で見上げた少女のひたむきな姿を思い出していた
「あなたは、昔から変わらないんですね」
☆☆☆
二人はショウヨウ産まれ
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