登れない
ショウヨウシティのジムのメインは、かなりの人の印象に残り衝撃を与えたであろう
山をくり抜き、岩肌をそのままに活かして作られたクライミング用の高い建造物と、奥に流れる滝…
大自然の脅威を思わせる内装は、このジムリーダーであるザクロのこだわりでもあった
この内装はアスリートである彼のトレーニングの為でもあり、軽い気持ちで来た挑戦者を阻む強固な壁でもある
文字通り、挑戦者達はこの壁を登り乗り越えて初めてザクロと戦うことができるのだ
地の利はなく、不安定な足場で行われるバトルは挑戦者を追い込むと同時に成長させていく
強大な困難に立ち向かう時、ポケモンとトレーナーは同対処するのか
互いに支え合い協力し、それを撃ち破ってこそ戦う資格がある。そしてなにより、頂に登り詰めた姿は素晴らしく美しい
そうここのジムリーダーであるザクロは考えていた、の、だが…
「うわぁぁぁぁん!助けてくださぁぁぁい!!!」
水の流れ落ちる音に紛れ、情けのない声が確かに聞こえた
ザクロは思考を打ち切り、持ち場である頂上から急いで下る
すでにジムトレーナーが数人集まっていたが、ザクロを見つけるとそろって上を指さした
これは、見なければいけないのでしょうか…。と彼が思ったかは謎だが、ゆーっくりと躊躇いがちに視線を持ち上げていく
「ナガレ…またですか」
地上から凡そ3m程の場所で壁に張り付く少女を、ザクロは呆れ半分同情半分で見上げて呟いた
ナガレが履いていたのが、スカートでないのは唯一の幸いか…必死に色付けされた岩を掴んでいる姿は何とも間抜けであった
しかしながら、毎度毎度良く虫ポケモンのように壁に張り付いている。
ジムリーダーおよびジムトレーナーは、可哀想なものを見るような目で彼女を見上げ同じ事を考えていたが、もちろんナガレは知る由もなくピーピーと喚いて助けを求めていた
彼女がこの状態になっていることは珍しい事でなく、むしろこうなっていない方が少ないであろう
「ザクロさぁん!助けてくださぁぁい!」
そして何故そこで名指しなのか。
呼ばれたザクロははぁぁ…と長い息を吐き出す。飽きれようがどうしようが、これもいつもの事なのだ
「ナガレ、そこを動いてはいけませんよ?」
「動けません…」
「そうでしょうね」
軽々と突起した岩を足場にしてナガレの元へたどり着き、抱え込む
必死に自分にしがみつくナガレを見て、行きとは違いゆっくりと下るザクロはぼんやりと、ガルーラの親はこんな気持ちなのだろうかと考えていた
床にナガレを下ろし、ザクロは腰に手をやる。ナガレは長身のザクロに見下ろされ、びくりと肩を震わせた
高みを目指し努力する姿は美しいとザクロは常より考えている。
だが、高所恐怖症の癖に高い所に行こうとして挫折し助けを求める姿はそれには当てはまらないだろう。無理して高いところに登れとは言っていない
「ナガレ、何故また登ったのですか…?」
自主的に正座をしてバツが悪そうに目を逸らすナガレの頭を撫でながら、ザクロは苦笑いを浮かべる
「怪我をしてからでは遅いですよ?」
「今日こそは行ける気がしたんですぅ…」
「わたしが居る時は助けられますが、ジムを留守にすることもあるんですよ?」
「うぅ…」
ナガレはいたたまれないのか、視線を下げ正座をしたまま小さく小さく呟く
「でも、一人だけ持ち場に登れなくて普通のフィールドでバトルなんて恥ずかしいです…」
ナガレとて、ジムトレーナーとしてのプライドが有るのだろう。例え毎日のように壁にへばり付き泣き叫んでいたとしても、彼女は彼女なりにショウヨウジムに相応しいトレーナーになろうとしていたのだ
例え毎日のように壁にへばり付き泣き叫んでいたとしても。
「無理せず、少しずつ練習しましょうか」
ね?と子供にするように、屈みこんでナガレに視線を合わせる
ザクロと目を合わせたナガレが首を小さく縦に振ると、ザクロは笑ってまた頭を撫でてやる
手の焼ける子だが、素直で真っ直ぐなナガレのことは嫌いではなかった
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