歪みない数式を…

王子様の唱える円周率をバックに、外の景色を眺める

マスカットは王子様の膝の上で、カスタードは俺の足元で物珍しそうに遠ざかる遊園地の賑わいを見下ろしていた

男二人とポケモンのみという悲しいメンバーだけを乗せて、小さな箱は不安定に昇っていく

「N様、」

「ん?」

「俺は、ポケモンの解放なんて望んでないんです。」

王子様がこちらを見る気配を感じながら、頑なに景色を眺める

マスカットとカスタードも何も言わずに、景色を眺めていた

俺は、俺の手持ちたちと離れたくない。ただのエゴだとしても、ずっと一緒にいたい

ツタージャ少年やベルやチェレン、その他のトレーナーだって、ポケモンと離れる事など望まないだろう

ポケモンはパートナーであり友達であり家族であり仲間であり、決して今日明日で別れられる存在ではない

「でも俺は、解放を望んでいる奴らを知ってるんです」

俺がいた施設は俺が壊した。しかし、あの場所だけが実験を行っている訳じゃない。夢の跡地がそうであったように、様々な用途で犠牲にされている命は数多くある

それだけでない。虐待、密輸、厳選作業、無茶な交配、犯罪への利用…ポケモンはモンスターボールに縛られて傷ついていく

クリームのボールが揺れる。マスカットに渡すと、景色が見えるようにか窓に向けて翳していた

「だから、N様にこれを渡しておきます。」

荷物から、黒い球体を取り出す。先程から熱を持ち始めていたそれは、俺の手のひらを拒絶するようにジリジリと熱量を上げる

「…これは?」

「プラズマ団が探し求めている、ゼクロムだと思います」

俺には反応しませんでした。俺は英雄って柄でもないですけど

そう笑うと、カスタードは当然だと言いたそうに鳴いた

「プラズマ団に渡すつもりは無かったんですけど、あなたに委ねようと思います」

「ボクに…何を…?」

王子様に顔をやる。深緑の瞳を見つめる

王子様の瞳は、困惑に揺れていた

自ら旅をして、王子様の目はたくさんのものを見ただろう。

彼の理想を、幻想を、夢を、現実を、世界のあり方を、自らの目が否定し肯定する。王子様はゲーチスの吐く思想を、世界を眺めて改めてどう捉えたのか…

「N様、ツタージャ少年にチェレンにベルを知っていますか?他のトレーナーはどうでした?プラズマ団のトレーナーは?ゲーチス様は?」

N様は英雄となるでしょう。ゼクロムはそれを認め力になります。
その力でN様の目指すものは何ですか?

「英雄は対立するでしょう。歴史は繰り返すのです。レシラムは遺跡にはいなかった。」

だから

「俺はN様に託します。プラズマ団ではなく、N様に。」

あなたの望む世界が俺の望む世界であることを祈って…

「理想となるのか真実となるのか…俺はN様に、未来を委ねたいと考えています」

N様が差し出した手の上に、黒い球体が乗る

一度だけ脈打つように輝いて、N様の手の中にあるのが当たり前であるようにしっくりと落ち着いた

軽くなった右手をカスタードのたてがみに乗せる。カスタードは軽く目を細めていた

王子様は神妙な顔をして手の内を眺めている

外の景色は、地上を目指して高度を落とし始めていた

「カナタは、」

どうしてプラズマ団に入ったの?

王子様はマスカットでもカスタードでもなく、俺を見ている

深緑の目が、ゆっくりと疑心暗鬼に揺れながら瞬かれる

「虐げられる存在だから…ですかね?」

足が付いてないだけの犯罪者が笑うと、王子様は困ったように唇を結ぶだけだった



☆☆☆
ゼクロムと呼ばれたものを渡す手は震えていた
彼はひどく優しく目を細めていた

トモダチの為に望む未来の数式は
彼の手にしたいもののAは
幸せと呼ばれる世界の因子は
何と=を結べば歪みない円となり得るのか
不確定要素は脳内を巡るばかりで打ち消されず数を増す一方

N=?

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