ドーナツホール

彼と出会ってから、自分の心にポカリと真ん丸な穴が空いたかのようだった

まるでこれではドーナツだ。自嘲気味に笑って目を伏せる

人はこれを恋と呼んだかもしれないが、これを恋と呼ぶには些か独りよがりで虚しすぎた

ドーナツの穴の行方を探せない様に、この感情に当て嵌めるものなんて無いのかもしれない

強いて呼ぶなら、やはり恋、なのだろうか

一人で悩んでいても、金魚鉢の内側をくるくる泳ぐ魚の様にその思考の果ても終わりも見えない。見えるわけが無い

そう気が付いても、止める事は出来なかった

何故彼は惜しげもなく自分を好きだというのだろうか。報われるはずも無いのに

自分が否定してしまえばいいと、わかってはいた

しかし、その好意を振り払うほど、彼の事を嫌いでも無い。どちらかと言えば好きなのだ

いや、どちらかと言わずとも好きだと脳の片隅で囁く

けして報われず、子もできず、いずれ話すら出来なくなる相手だとしても好きだった

だから尚更タチが悪い

自分のど真ん中に風を吹かす大穴は、一向に閉じず広がるばかり

虚しさにも似た感情を溜め息として吐き出した時だった

「華ちゃん?」

彼女の流れ続ける思考に終止符を打ったのは、先程から想っている相手のハルトだった

心配そうに眉を下げ、のぞき込むようにして顔を近づける

「ハルトさん…?」

「大丈夫?なんかコワイ顔してたよ」

それに、同じところばかり掃除してるし…と黒豹は続ける

華が我に返ると、確かに幾分か前と全く同じ場所に立っていた

「いや、少し考え事を」

していただけなんです。と華は笑顔を作る

ハルトはとても賢い雄だし、好きな相手の事なら尚更わかるというもの。華の言葉や笑顔が嘘のものだとすぐに解ってはいたが

「そう、ならいいけど」

と困った様に笑うだけに留める

癖で無意識に右手を耳の後ろに運びながら、ハルトはそれ以上の追求をしなかった

ハルトは掴みどころが無いと他人からの評価をよく受けるが、実は至極単純な雄だ

嫌いなものは嫌い。好きなものは好き。そう強い意志はあれど、口にしないだけ。他人に強要をしないだけ。

ハルトは賢い雄だ。自分も他人も損をしない為に、他人の場所に土足で踏み入らないように、自分の場所に土足で踏み入られないように距離を測る

近付き過ぎてぶつからない様に、そっと離れる

だからそれが、掴みどころが無いように見えるだけ。

そこにはっきり有るのに無い、ドーナツの穴のようだと華は少しだけ笑う

「ハルトさん。ドーナツの穴はどこにあると思いますか?」

唐突に出て来た問い掛けに、ハルトは目を真ん丸にする。

「…ドーナツってなに?」

「穴の空いた食べ物です」

「んー、華ちゃんが知らないものを俺が知ってるとは思えないけど…」

また耳の後ろを掻いたハルトの答えは割と素っ気なかった。

まぁ、見聞きしたことないものを答えろと言われても無理であろう…ハルトなりに出せる精一杯にして最大の答えだったのかもしれない

もとより答えなど求められてい無いことを知らない彼は、首を捻り小さく唸る

華は我ながら意地悪な質問をしてしまったと少し後悔していたが、ハルトはそんなことお構いなしに、自らの右手を持ち上げ人差し指と親指を繋げる

そこに出来た輪を覗きながら、華に

「華ちゃん、ドーナツの穴って丸いの?どの位の大きさ?」

と尋ねる

「?…丸ですよ。丁度ハルトさんが作ってるくらいの丸」

華の答えに、ハルトはふーん。と声を漏らす

指の輪から、2人の視線が抜ける

ハルトはニッと歯を見せて笑うと

「華ちゃん。ドーナツの穴ってこれかもよ?」

と、突拍子もなく言った

「はい?」

「ほら、ドーナツの穴。ここにある穴ってドーナツの穴なのかも。」

ドーナツの穴の中身は何処にも無いなんて誰が決めたのか。

輪郭が無くても、確かに有るのかもしれないじゃないか。見えにくいだけで何処にでもある物なのかもしれないじゃないか

ドーナツの穴の中身は、もしかしたら、ハルトが言う様にこの指の輪の中に有るのかもしれないし、自分の中のこの穴も、ドーナツじゃなくてハルトの手の中に有るかもしれない

むしろ、そうであればいい

「あはは、きっとそうですね」

華は、ハルトが作った穴に指を通して笑った

ハルトがおろおろとし始め他の動物達が心配して集まって来ても、涙が溢れるほど笑った

自分のど真ん中に空いたこれもきっと、終わらない思考もきっと、ドーナツの穴もきっと、ハルトの手のひらの中にあるのだ。きっとそうだ

華は一人で散々笑った後、そう自分の思考を締め括った



☆☆☆
「俺が虐めたわけじゃないよ?!ドーナツ?ドーナツの穴が、なんかなったんだよ!ドーナツって何だって?俺も知らねーよ!!」

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