君の指先は初雪の様

寂れた動物園に消えかけた西日が射し込み、逢魔々刻になると共に煙が立ち込める

魔力を受け人型をとるなり、黒豹は檻から飛び出して走り始めた

軽い足取りで高台へ登ると、僅かに残る日光を受けながら一度だけ体を伸ばし、何かを探るように鼻を持ち上げる

くわぁと欠伸を零しながら狩りの直前のように体勢を落とした黒豹は、迷いなく直線にまた駆け出し残像となる

彼と同じく人型を得た獣たちとの挨拶はそこそこに屋根を伝うハルトは、何かを視界に捉えて黄金色の目を細めて笑った

比較的仲の良い大上とウワバミは遠目にも弾む尻尾を呆れた眼差しで見上げていたが、それに気が付かず…気付いていたが無視したのかもしれない…飛び降りる

ハルトは地面に無音で降り立ち、何やら片足をバケツにはめ込み倒れそうになっていた小柄な少女の腕を自然に掴んだ

驚きで目を真ん丸にし振り返った少女に、まるでこんなところで出会うなんて奇遇ですねと言わんばかりに素知らぬ顔で笑った彼は

「華ちゃん!ねぇ、頭撫でてよ」

と細い項に顔を埋める

彼が人間の雄であったなら立派なセクハラだったであろうが、一応動物であるため、華は少し体を硬直させただけに留めた

バケツから足を抜きながら苦笑いを浮かべる気配を感じたか、すっとハルトは身を引き後頭部を掻く

「…それは妥協なんですか?」

「つれねぇなぁ…だって構ってって言うと怒るでしょ」

「まぁ…」

華は困った様に眉間に皺を寄せて笑い、手を叩いて払う

掃除の邪魔を長時間されるより、早めに要求を飲んで大人しくした方が得策と考えたのかもしれない

が、黒豹と少女のどちらとも仲の良い大上やウワバミならそれを否定しただろう

何だかんだと言いながら、黒豹は華が蔑ろにしようが離れないし、華は黒豹に甘いのだ

ハルトとて、華が本気で拒絶する様なことは決してしないくらいには分別のある雄なのだ

ハルトの肩を掴んで背伸びした華は、彼の頭に手を伸ばす

そっと頭を下げて、目の前の少女が転んでしまわないようにハルトは優しく手を添える

「はい、よしよし」

「…っ!」

いつもの彼ならば幸せそうに目を細めて笑っただろうが、今日は何故か、華の手が触れるなり目をまん丸に開いて毛を逆立てた

獣が毛を逆立てるのは、自分を大きく見せ威嚇や警戒をする感情が昂っている時が多い

華は普段穏やかで飼い猫のようにゴロゴロ甘えてくる彼しか知らない

何故ぶわぁぁと擬音が聞こえそうなほど毛を立てているのか、さっぱり思い当たる節がなかった

彼らは傍から見れば間抜けに、目と口を開き見つめ合っていた

黒豹は自分の額にあった手を引き寄せ、自らの手で包み込む

突然のことに事態が飲み込めずされるがままの彼女に、ハルトは半ば詰め寄る様に

「なにこれ冷たすぎるよ。大丈夫なの?華ちゃんさっき何がしたの?」

と尋ねる。

氷でも入っているのかというほど冷たい指先を、心配を通り越して怯えているかのような目で見つめ華の返事を待つハルト

それを華はなんとも言いづらい表情で見上げる

華がしばらく記憶を辿っている間、ハルトは眉を下げて耳の後ろを掻いていた

もちろん、もう片手は彼女の指先を温めたままだ

「さっき…えっと…洗濯物?」

「……。園長!!園長ぉぉおぉぉぉぉぅ!!!」

「え?!何でですか!?」

突然の叫び始め歩き始めたハルトは、目を白黒させながら半ば引きずられる華を見下ろし

「華ちゃん、しばらく水仕事は禁止ね。」

と真面目な顔で言った

「アライさんと園長には俺が言うから、寒いうちは水触らないでね」

わかった?華ちゃん。と黒豹は彼女を覗き込む

珍しく顔を赤く染めた華を見つめ、困った様に後頭部を掻く

「華ちゃん、あんまり俺を心配させないで?」

冷えた指先を愛しそうに撫でる彼の手は、いつもより暖かかった



☆☆☆
大上「あいつ、意外に良い雄だよな」

ウワバミ「華ちゃんにはホント甘いわね…」

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