僕らの恋は伝わらない
蒼井華は悩んでいた
目の前で無防備に腹を見せて眠るハルトを屈んで見つめながら、はぁーと小さく息を吐く
ハルトは少し前に、彼女に好意を告げた
そして、未だに距離を取ろうとする華に対し、ハルトは自分が言った言葉を守りただ待っている
華はそれがありがたくもあり、申し訳なくもあった
ハルトは例えこのまま華が答えを出すつもりが無かったとしても何も言わないだろう。
あれだけ自分に構ってくれと寄ってきて、数々の作業を中断させた彼が、一切寄ってこない
時折話し掛けても、頭を撫でようとしない
ただ、耳の後ろを掻いて、少し苦しそうに笑うだけ
「ハルトさんのこと、怖いわけないじゃないですか」
華は寝入る彼の毛先に触れながら、言い訳がましく呟く
「ただ、何もできない私が嫌だったんです。怯えて縋るしか出来なかったことが…」
額を軽く撫でる。彼は何も反応せず、すやすやと寝息を立てていた
「ハルトさんがシャチから守ってくれた時、嬉しかったけど…私の無力さを思い知って、水族館でも守られるばっかりで…私は飼育員なのに」
華は膝を抱えて、ハルトの隣で丸くなる
顔を伏せた彼女には、ハルトの耳がピクリと動いたのは見えなかった
「下がってろってハルトさんが言った時、私は邪魔なんじゃないかって思ったんです」
シャチに立ち向かって行くハルトの姿を思い出しながら、華は何かを決意するように僅かの間口を結ぶ
「ハルトさん、好きです。」
私も、ハルトさんのこと好きです
顔を上げた華は、そう告げた
ハルトの耳がピクピクの揺れる
「ハルトさん?」
「……。」
僅かに動揺した彼女を、切れ長の目が何も言わずに見つめていた
ハルトはゆっくりと体を起こして欠伸をする
華と視線を合わせた彼は、何も言わなかった
「やっぱり」
伝わりませんよね。
そう苦笑した華に歩み寄り、黒豹はゴロゴロと喉を鳴らす
「好きですよ、ハルトさん」
そう囁かれ、額に唇を寄せられた黒豹は、ただ不思議そうに彼女を見つめていた
そして後日
「相変わらず、つれねぇの」
と穏やかに飼育員に微笑む彼の姿を見たとか見ないとか
end
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