獣が牙を剥く時

騒音で目が覚め、そちらに駆けつけると華ちゃんが襲われていた

黒い、体毛の無い艶やかな肌と白い大きなアイパッチ。頭部から背中にかけて突起した背びれ

明らかに動物園にはいないそいつが、どうしてここにいるのかは知らない

が、どんな理由であれ仲間に…それも華ちゃんに…手を出していい訳がない

「その子にぃ…手を出すんじゃねぇぇ!!」

駆け付けた勢いのまま、相手の…シャチの…頭部に向け蹴りを放つ

今にも喰いかかろうとしていた口を、上から踵を落として閉じさせ地面に足をつく

「大丈夫?怪我ない?」

「ハルトさん…」

駆け寄って来た華ちゃんに外傷はなく、血の臭いもしなかった

不安そうに潤む目で見上げてくる華ちゃんの頭を撫でる

とりあえず無事で良かった

周りをざっと確認すると、腰を抜かした大上に目を回したシシド、目を見開き困惑している園長が見える

園長が困惑しているなら、やはりこのシャチは動物園の新たな仲間であるという事もなさそうだ。シシドのようなパターンでも無いらしい

どーやら敵と認識できるのはこいつ一匹しか居ない様だが、シシドが伸びているのを見ると中々の実力を持っていると推測できる

現に、数では負けているはずのシャチは憂鬱そうに

「次から次へと…デラ鬱陶しい」

と呟いただけだった。自分の敗北を微塵も想像しちゃいない、絶対的自信が見える

先程の蹴りも大したダメージにはなっていないだろう

後ろで震えている華ちゃんとウワバミをシャチの視界から外す為、少しずつ距離を詰めながら

「鬱陶しかろうが、大切な子を傷つけられそうになって黙ってる雄が居るかよ」

と挑発する

冷静に分析し攻めたいところだが、怯える華ちゃんを見た時に何かが脳内で切れたような錯覚があった

大上とシシドの安否を確かめている園長を横目に、シャチを睨む

相手は目を歪めて嗤っている様だった

「まぁ、なんだ」

俺の大切な人に手を出したんだ、覚悟しやがれ…狩る……

体制を落し、牙を見せる

「陸上生物ごときが驕るな」

ガパリと、シャチが捕食するために細かく並んだ歯と太った舌を見せる

「ハルトさん!」

「下がってろ!」

奴に飛びかかる直前、大きな目を潤ませた華ちゃんのまるで泣き出す寸前のような声が俺の鼓膜を揺らした



☆☆☆
いつも撫でてきて
いつも駄々をこねて
いつも穏やかな表情で

その人が牙を剥く
その人が爪を振るう
その人が怒りを剥き出す

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