君と運命について
俺がここに来てから、初めて人間を見た
野生で餓死しそうだった俺は、ここの動物園の園長に拾われた
動物園の一員として過ごしてしばらく経つが、園長以外の…きちんとした人間らしい姿をした…人間を初めて見た
眠たくてぼやけた目に、ぼんやりと挙動不信の小柄な人影がちらりと映ったくらいだが
物好きにもこんな人里離れて寂れた動物園で働きたいんだと、耳の早い大上が何故か走りながら教えてくれた
気さくなこのオス曰く、人間は雌で可愛い子だったとか
「ふぅん、物好きだなその子」
ところでなんでずっと走ってんの?
さっきまで檻で飯を食べていた俺を呼んだこいつもだが、先程から逃げ回る様に足を動かし続けている
何故か話をしながら大上が動くため、話を聞くこちらも走る
黒豹である俺は、走るより木を登る方が得意であるのだが…
大上は犬歯を覗かせながら
「それがさぁ、飼育員さんがドジ踏んで園長プッツンさせちまって、そのままどっかに行っちまったんだ」
と呆れたように笑う
園長の頭に箒を叩きつけたんだとか。どうドジったらそうなるのか
「すごいねぇ…。てか、あの園長を振り切るダッシュを見てみたかったな」
園長が些細な事で切れるのは何時ものことだ。わがままでガキそのもので、沸点が低い
箒を叩きつけられたら、まぁ、その、沸点が低いとか関わらず怒るかもしれないが
ただ、物凄く手の早い園長から逃れた雌とは一体どれほどの子なのか。
大上は小さく肩を竦めると、スピードを上げて走り去ってしまった
なんだ、つれねぇの
皆して園長から逃げたり、女の子探したりと走り回っているんだろう。悲鳴やら足音やらがうるさい
だが、その中で聞きなれない甲高い声が聞こえた
叫び声、というよりは切羽詰った悲鳴だ。たぶん雌の声
檻を飛び越えて声の主を探すと、何故か人間に抱えられたイガラシとそれに対峙している女の子
人間の雄達は凶器を持っており、まぁ簡単に推理するならばイガラシは誘拐されてる最中で、女の子がそれを見つけてしまったと
雌なんだから逃げりゃあ良いのに、わざわざ群れている雄に向けて走り始める
まったく、手の焼ける子が入ったもんだ
「ん?」
助けに行こうかと思ったが、既に声を聞きつけた園長がジャンプから飛び蹴りに移行しているのが見えた
俺の出番はなさそうだ。だが、
「とりあえず女の子に手を上げるのは気に食わんなぁ」
1人の雄がぶっ飛ぶと同時に女の子が動き始める。
彼女は怯えながらも雄共の後ろに周り、イガラシを見事奪い返したのだ
か弱い雌であるはずの、非力な人間のひたむきなパワー
あの子、やるじゃん
空中で口笛を吹き、まだ立っていた雄を蹴り飛ばす。イガラシが素敵ですハルトさんと泣きながら手を叩いていた
立ち上がりかけた雄を着地地点にし、その辺にあった縄で縛っておく。園長のコレクションだったらしく、何やら喚いていたが無視だ
こいつらは、あとで園の外までキサゾーにでも運んでもらおう
喜びで泣き喚くイガラシと笑うの園長の声をバックに
「大丈夫か?怪我無い?」
と手を払いながら尋ねると、女の子はにっこりと歯を見せて笑う
黒い髪がふわりと揺れた
「ありがとうございます!」
見惚れて話せない俺の代わりに、大上がこいつはハルトって言うんだと紹介していた
「ハルトさん、ありがとうございます」
やべぇ、可愛いこの子。
見上げられ、心臓が大きく脈打つ
「えと、お前、名前なんて言うの?」
「蒼井華です!今日から飼育員になりますので、よろしくお願いします!」
「あぁ、よろしく」
華ちゃんが軽く下げた頭に手を乗せる
ふわりと、甘い匂いが広がった気がした
やばい。これは、恋と言うやつではあるまいか。
見惚れる俺と首をかしげた華ちゃんを見て、大上がやけにニヤニヤとしているのが視界の端に見えた気がした
☆☆☆
「何見つめてたんだよハルト」
「やべぇよ大上、あの子超可愛いんですけど」
「おぉ…。お前も雄なんだな」
「……あぁ?」
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