とある男の昔話
最近施設に入ったばかりの男は、無心に顕微鏡を覗いていた
同僚の話では、彼はポケモンの新たな進化や合成、本来覚えられない技の習得等にはあまり興味がなく、個々のポケモンの能力を限界まで高める研究に没頭しているのだとか
ポケモンの能力を高めるにはいくつかの方法がある
例えばポケモンの型に合った性格
例えば31〜0に別けられる彼らの生まれ持っての能力である個体値の高いポケモンの採用
例えば薬や倒すポケモンによりステータスを伸ばすことが可能な努力値の理解
一定の成果がありデータ上に纏められた分でもこれだけあるのだ
上記のそれら全ての備わったポケモンならば、理論上は同じ種族より全てにおいて勝るであろう
だが、ポケモンの能力をいくら高めても彼らを扱うトレーナーの能力が低くては意味が無い
例えばタブンネは耐久に優れ回復技を得意とするが、無知なトレーナーがアタッカー型にしてしまったらその長所を潰していることになる
例えば物理技に関してトップクラスであるオノノクス…
意地っ張りか陽気な性格にし、攻撃と素早さの個体値が最高で努力値も振り分けたオノノクスが居たとしても、無知なトレーナーが特殊技しか覚えさせなかったら意味がない
自分はポケモンの能力を引き出す研究をしている
例えばトレーナーと出会ったとあるポケモンがどうすればより強くなるのか
彼らの絆により通常より数段強いパワーを発揮するのか。はたまた脅され強引に生み出したパワーがそれを上回るのか
自分の研究も彼の研究も、元を見れば求める物はただ一つ
『強さ』
だから興味を持ったのかもしれない
無心に、半ば狂った様に強いポケモンを求める彼に
「あなたは、彼らを強くしてどうしたいのですか?」
「あ?」
白衣の後ろ姿に声をかけると、相手は顔をあげこちらを見るなり威嚇するように顔を顰めた
その姿が敵対する何かと向き合うヨーテリーと重なる。尾を立てて果敢に、しかし怯えながら威嚇する小さなポケモンの様だった
彼の周りを不安そうにユニランが漂っている
「あなたはポケモンの遺伝子を組み合わせ高個体で好みの性格に仕上がる卵を作り続けているのでしょう?」
私の質問に、彼はさらに顔を顰める
「……別に卵だけじゃねーよ。」
すでに産まれたポケモンだって強化できるようにする。
しばらく沈黙した後、そう吐き捨てて足元にいたメラルバを撫でる
メラルバは嬉しそうに彼に擦り寄ってから、外に遊びに行くためか沢山の足を動かし歩いていく
彼に隠れながらこちらを伺うユニランは、彼の尽力を注いだ卵から産まれたポケモンのうちの一つだったはずだ
メラルバもとても大切にされている為、おそらくユニランと同じなのだろう
「私は、ポケモンがどのような状況で最大の力を発揮できるのか、という点に興味を持ち研究行っています」
「俺は、別にそんなのどうでもいい。強けりゃポケモンはバトルに負けない。無駄に傷つかない。それだけでいいじゃねーか。」
「それは」
おもしろいですね
素直にそう呟くと、彼は眉間に何本もの皺を作り訝しそうな表情をしていた
何を言っているのか、何が面白いのかさっぱりわからない。そう言いたげに表情が歪む
これはこれは…
「私はアクロマと申します。あなたのお名前は…」
「……」
彼は答える気がないのか、口を結んでしまった
「教えていただけないなら、好きに呼ばせてもらいますよ?」
そう少しおどけると、勝手にしろと返された。そちらがそのつもりなら…
「では、ヨーテリーさん。」
「はぁ?」
先程重なった姿で呼ぶと、彼は目を剥いていた。しかし、名前を言わないそちらが悪い
何か言おうと口を開いたヨーテリーさんの足元から、小さなポケモンがよたよたと歩いてきた
通常より発育の悪いと一目でわかるほど小柄なそのポケモンを抱き上げ、彼は驚くほど優しい目をする
「おや、そのコリンク」
「…コイツは個体値が低くて、バトルがスッゲー下手なんだよ」
「ほぅ」
それなのに、連れているんですね。
また素直に言えば、彼はすぐに顔を顰めてコリンクを床に下ろす
コリンクは不思議そうに彼を見上げていた
「なんだよ、悪いか。」
「いえ、」
別に。
そう笑って言えば彼は居たたまれなくなったのか、後頭部を掻き毟る
「…マスカット、散歩に行くぞ」
『---?』
そうユニランに声をかけ、白衣を脱ぎ捨て歩き出す
研究室の扉を開き、また後頭部を掻き毟ってから振り返った彼から眉間のシワは消えていた
耳を垂れておすわりをしていたコリンクに
「…お前もおいで」
と穏やかに声を掛ける
強さにこだわる彼が、見るからにその対極にあるコリンクにとろけそうな程優しく笑う
『---!』
勢い良くドタバタと駆け出したコリンクを迎え、彼はドアを閉める
彼は、本当は…
☆☆☆
アクロマさんとヨーテリーさんの昔話
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