夢見がちな絵画達

父さんは死んだんだろう。メアリーは、死ぬと言うことを理解していないようだった。ほかの子達はそもそもそんなことに興味はない

皆、他人の薔薇のみを欲している。それだけ

しかし私は美術館で恐らくただひとり確信していた

父さんの世界が広がりを見せなくなり、新たな作品が来ることもなくなった

時折感じていた気配もないのだ

私はただの絵に過ぎない。知識も知恵も足りない

しかし、これはおそらく間違っていない

メアリーは外に出れば父さんに会えると思っている

メアリーは他人を犠牲にする意味を知らない。メアリーは誰かに成り代わり誰かと共に外に行かなければ消えてしまうことを知らない

メアリーは、何もわからない。知らない。

あれほど美しく描かれ名前まで与えられたメアリーは、これから他人を殺そうとするのを躊躇わない

阻止しなくては。絵空事の世界に連れて行ってはいけない

メアリーが消滅するのも、他人が犠牲になるのも放っておけない

焦る私とは裏腹に、メアリーの感情により花を咲かせた『嫉妬』が茨を張り巡らせ通路を塞いでしまった

イヴと共に行動を始めてしまったメアリーを止めるにはどうしたらいいのか

皆はメアリーに味方するであろう

どうしたら、どうしたらいい?

「ナガレ、あんた怖い顔してるわよ」

「え?」

顔を上げる。

紫のくねる髪を掻きあげながら、ギャリーは私を指さした

目の前の人差し指が、私の眉間に当てられる。どうやら、皺を伸ばしてくれているらしい

心配そうに眉を寄せた彼は、私と視線を合わせようと少し屈んで

「あんた、メアリーと仲悪いの?」

メアリーとイヴが話してる時、凄い顔してたわよ。と言う

凄い顔とは、一体どれほどの顔なのだろうか

メアリーに自分がどんな視線を送っていたのか、どんな感情を向けているのか…私の回らない頭ではわからないことばかりだ

だが、目の前の男の心労をわざわざ増やしたくもない為

「そんなことないよ、姉妹だもん」

と返す

「あら、姉妹だったの?」

ギャリーは目を大きくして私を見た

髪の色も全然違うから気が付かなかったわ。と続けた彼は、ただ素直に感想を述べた迄だろう

「…。」

似ていなくて当然だ、とは言わないものの思いはした

メアリーは父さんが描いた中で一番美しい女性だと、書物にはあった。

一方私には、名前すら無い。ナガレとはその場で咄嗟に考えた単語に過ぎない

メアリーとの共通点は、ただ同じ時期に描かれたというだけ

「もしかして気にしてたの?…ごめんね?」

「違うの…ギャリーはいい人ね 」

何か勘違いをして謝ってきた彼に微笑む。ギャリーも、少し気まずそうに笑った

ギャリーは、会って間もない私を気遣ってくれる。メアリーも、イヴも平等に見てくれる

とても優しくていい人。もしかしたら、お父さんとはこんな感じなのだろうか

包まれるような温もりとは、こんな風なんだろうか

色々思案しながら見詰めていると、ギャリーが

「……ねぇ、ナガレ」

と私を呼んだ

「なぁに?」

「ここから出たら、何がしたい?」

「え? 」

唐突に聞かれたそれに、一瞬思考が止まる

ここから出るなんて、考えた事も無かった

メアリーはよくここから出る話しをするが、私が話したことはない

私が美術館から離れてしたいこと…その話題はとても新鮮だった

「そうだな…太陽の下で、美味しい紅茶を飲んで、綺麗なイラストの絵本を読んで」

そのままゆっくりと眠りたいな。

本当は父さんと、一度でもいいからお出掛けしてみたかったけど、それはできないだろうから

ギャリーはにっこりと笑って

「いいわねー!じゃあ、私のオススメのカフェに連れて行ってあげるわ!」

と言ってくれた

「オススメのカフェ?」

「えぇ、紅茶はもちろんケーキやマカロンもあってね、全部とても美味しいんだから」

「イヴも一緒?」

「そうね、ナガレもイヴもメアリーも一緒に連れて行ってあげるわ」

「………、」

メアリーは、年が近い女の子のイヴを気に入っている。メアリーが外にいるなら、ギャリーは恐らく死んでしまっているだろう

ギャリーとイヴが無事ならば、メアリーはこの美術館に居るままだ

もちろん、私が外に出られることはない

「行けるといいね」

となんとか笑って辛うじて紡いだ言葉に

「絶対に行くのよ、ここからみんなで出てね!」

とギャリーは無邪気に笑って答えた

さぁ、二人と合流するわよ!と意気込む背中に続きながら、茨の向こうをちらりと見やる

「メアリー…」

私の夢は、どう転んでも叶わない



☆☆☆
絵画サイド
どう転んでもナガレがBAD ENDな件について

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