飼育員と労働者
「えー皆さん、おはようございます。ここ唯一の人間飼育員ナガレですー」
とりあえず挨拶は歩み寄りの一歩ですよね
相手が魚や海藻や海獣や珊瑚やその他諸々としても、きっとそうです
鯨は例外でしょうけど
魔力を得た生き物たちは、鯨曰く人間の言葉を理解し話せるそうでその点は問題ありませんっ
自分達の現状が理解できないらしく、身体をまじまじと観察していたりぎこちなく泳いでいた彼等がこちらを見ました
「皆さんはここの館長であるとある方から魔力を受けて、私のような人間に近い能力を得たらしいということは、もう気が付いていますよね?」
自らの状態を観察していた彼らが揃って頷きます
最初は混乱するでしょうが、手足があって多種族とも話が出来るのはきっと便利ですよ
特に珊瑚さんとか、磯巾着さんあたりは新鮮なんではないでしょうか
「館長があなた方にこのような力を与えたのは、この水族館のために働いていただくためです。皆さん例外なく働いていただきます」
館長の意志を伝えると、皆さんがざわめきだしました
近くにいたフグらしき子が
「ナガレ、さん…働くって?」
と首を傾げて尋ねてきました。良い質問ですね!てかフグさん可愛いですっ
「主にやっていただくことは、ご自分達の水槽周辺の環境整備が主です。
フロア内のゴミ拾いや水槽ガラスの清掃、水温調節などですね
ショーに参加することになるであろうイルカさんやオットセイさん達にはその訓練をして頂きます
食事の管理や人前に出なくては行けないようなことは私が行います」
やり方などは全てこちらで指導いたしますと伝えると、少し不安そうな視線をあちこちから頂きました
そりゃそうですよね、今まで生きることのみをメインに据えて行動してきた彼らに、いきなり仕事など何だのしろと言うのですから
働かなければ食べていけない人間と違い、働くことが意味をなさない彼らはそもそも考え方も根本から違うのです
食べることにも暮らすことにも繁殖にも関係ない行為を強いられるというのは酷でしょう
しかし水槽に飼われ、クジラの水族館に居たのが運の尽きなんですかね…
恐いのは鯨であって、私は優しいですよ?
「取り合えずはよろしいでしょうか?」
なんて突然言われても、やっぱり困惑するとは思うのですが…
何匹かは納得したように頷いて返事をしてくれましたが、大体は不安そうな困惑してそうな表情をしていました
不安なのは私もなんです。水族館の仕事はテレビで見たりしたくらいで、やるのは初めてですよ…知識は持っていますけど
鯨がやれと言えばやらなくてはいけないのが、辛いところです
「何か意見がある場合は私に伝えて下さい。館長へは私が伝えますので」
では、頑張っていきましょう!と拳をあげると、おー!と意外にもいいノリで手を挙げて返してくれました
なんだ、思ったより言い人たちですねー!鯨より協調性もあるし素敵ですっ
とりあえず水槽ごとにグループに分けて役割分担から始めたいと思ったのですが…
「名前がないと不便ですよね」
そーなんです!小魚なんかは特になんですが、群で行動することの多い彼らを呼ぶとき…
例えば「チンアナゴさん!」と呼ぶと一斉に数10匹のチンアナゴさんが返事をしてくるんですよね
人間に「人間さん!」と呼ぶようなものですもんね
イサナさんは鯨ですけど。
そんなこんなで、新たな課題が一つ
「名前、付けましょうか…」
展示生物はゆうに数百を越え、プラスわかめさんやら磯巾着さんやらの名前を付けたとして、覚えられる自信はありませんけど
☆☆☆
「あれ、あのお魚さん…話を聞いてる間に随分顔色が悪く…。……?……あれ、あの尻尾に鰭って、よく見たらマグロじゃ…?……!!もしもし!泳いで下さいマグロさん!息して!息して下さい泳いでマグロさんー!!」
「何あいつおもしれぇな、ナガレだっけか?ギシギシ」
「でらウルサい」
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[mokuji]
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