ハニー・バニー

絵画教室に特別講師として来たアーティさんは、目があったとたんふんわりと、それこそ絵画に描かれた人物達のように美しく笑ったんだ

そのとき私は、確かに恋に落ちる音を聞いた



ニコニコと笑いながら紅茶を混ぜる指先を眺める

アーティさんに誘われて訪れたカフェはとてもお洒落で、普段の自分なら間違いなく来ないような場所だった

彼お気に入りだというテラス席に、アーティさんはとても似合っている

陶芸品のような傷一つ無い艶やかな肌が、日光の下で良く栄えていた

紅茶に口を付け、風に髪を撫でられているアーティさんの顔をちらりと見やると目があう。頬が熱を持った

すぐに目をそらす。なんだか居たたまれない…

「ぬぅん?ナガレちゃん、どーしたの?好きじゃない?」

「いえ、あの、美味しいです」

目もまともに見れず顔も合わせられない自分に、アーティさんは穏やかに「そう。」と相づちを打った

私のためにミルクと砂糖の入れられた紅茶をもう一口飲んでみたが、味なんてわからない。ただのぬるま湯を飲んでるみたいだ

だってだって、この場所にいる私もアーティさんと同じテーブルにいる私も似合ってない。とても浮いている

アーティさんに釣り合っていない…

恥ずかしくて居たたまれなくて、アーティさんに話しかけることも出来ない

時折道を行く女の子達は、アーティさんが視界にはいると女の子らしくキャイキャイ騒いで笑い、声をかけていく

最近雑誌で流行りの、リボンやフリルが沢山ついた可愛い服を身にまとい去っていく姿は、自分とかけ離れているように思えた

今日のために睡眠時間を削って選んだ、お気に入りのスカートも靴も今日はなんだか惨めだ

ウェイターがケーキをテーブルに置いて一礼していく

チョコレートケーキが私の前に、チーズケーキがアーティさんの前に置かれた

美味しそうなチョコレートケーキなのに、食べる気がしない

「ぬーん。ナガレちゃん、さっきから元気ないねぇ、どうかしたの?」

ケーキに手を着けないでいると、アーティさんが顔をのぞき込んできた

あまりの近さにどきりとして身を引く

視線を逸らす前に、頬に手をあてられ固定されてしまった

見つめ合うだけで、私はドキドキして苦しくなるのにアーティさんは微笑むだけ

きっと私が思うような感情もなく気紛れに誘ってただけなんだ

頬にあてられた手を下ろし、チーズケーキを睨む

「あ、あの、誘ってくれるのは嬉しいんですけど、止めにしませんか…」

アーティさんはしばらく首を傾げていたけど、唐突に机に身を乗り出して頬を挟み込んできた

また視線が絡む。頬がとても熱い

「ぬぅ、どうして?」

「だって、私、」

「…ボクは気紛れにナガレちゃんを誘っている訳じゃないよ?」

アーティさんは初めて会ったときのように顔を綻ばせていた

キスでも出来るんじゃないかというくらい距離が近付く

「ナガレちゃん、ボクは君に純情ハートをうばわれちゃったんだよ」

「……!」

「んん?…あれ?結構アピールしてたんだけどなぁ」

距離が少しだけ離れる。頬から離された手が今度は前髪を撫でた

「……あの、」

「ん?」

「私、勘違いするんで…自惚れるのでやめて下さい…」

前髪を撫でる手を掴んで、その手で私の顔を隠す

首から上が物凄く熱い。きっとアーティさんに見られたら引かれるくらい変な顔してる

アーティさんの大きな手が勢いよく引かれた

咄嗟のことに手を離す事が出来ず、テーブルの上で手を握りあっているような状態で見つめ合う

「自惚れでもないよ?ナガレちゃん」

「あうぅ…」

「いい子いい子。ほら、笑って?」

空いている片手で頭を撫でられる

アーティさんは何も言えない私を見てにっこりと笑った

「ぬぅ。ほらナガレちゃん、ケーキどうぞ。紅茶も冷めちゃうよ?」

「アーティさん」

「ん?」

「ありがとう、ございます」

お礼を告げると、やっぱり笑顔が素敵だと思うよとアーティさんは満足そうに笑ってくれた



☆☆☆
君に似合う控え目なフリルのスカートに軽やかな靴、これを僕のために選んでくれたとしたらとても嬉しいな

照れ屋で目が合わせられないところも、話しが弾むと少し赤い頬で笑ってくれるところも可愛くて好き

ナガレちゃんが一度、ミルクティーとチョコレートケーキが好きだって言ったの覚えてる?

考えすぎちゃうところは少し心配だけど、やっぱり好きだよ



☆☆☆
休日の朝が似合う感じで

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