王様のお戯れ

これはどーいうことでしょ神様?

ヘルメットを着けたままの、館長の無機質な目に妖しい光が灯っています

館長室に呼び出されたまでは良かったのです

部屋に入るなり巨大な尻尾に押し倒されて、天井と館長を呆然と仰いでいたらマウントポジションをキープされました

意味が分かりません

私の腹部に跨がり腰掛けたイサナさんは、飾りのたくさんついた指で私の首を撫でました

そして独り言のように

「…ようやくここまで人間に近づいた。ここまで膨大な時間がかかった」

「そ、そうですね」

彼の手が、私の首にそっと乗せられます

気道が軽く圧迫され少しの息苦しさを感じましたが、それよりも異常な様子の館長が空気を重くし呼吸を阻害しているようです

なんですか、このネットリ絡みつくような嫌な気配は…

「忌まわしいこの姿ももう少ししたら元に戻る。魔力が消えれば、魚達も二度と人型にならないだろう。そうなれば」

ナガレ。お前を殺せば、この姿を知っている者はこの世から消えるわけだ

イサナさんは、目を細めて笑っているようでした

少しずつ、少しずつ、首に乗せられた手が重みを増していきます

イサナさんの手首を掴んでもびくともしません

「…ぅ……イサナ、さん?」

「お前が死ねば、ナガレが死ねば俺はしっかりと人間に戻れる」

「……い、…さな…さ………」

生理的な涙が浮かんできました

肺に残った酸素も消費され、頭の中で心臓が脈打つように感じるほど大きく、どくんどくんと酸素を巡らせようとする音が聞こえました

視界が歪み、世界に靄がかかっているようです

必死に爪を立て引っ掻いた手が、指先が、痺れて脱力し動かなくなっていきます

なんの抵抗も出来ず見上げた彼はぼやけて、シルエットのみで…

「…なんてな」

手が呆気なく離れていきました

慌てて吸い込んだ空気が気管に流れ込みます

「う、がほっごほっ」

「…ナガレ、本気なわけ無いだろう。」

イサナさんは手首を見つめていて、つまらなそうでした

私が爪を立ててひっ掻いたせいで、赤くミミズのように腫れたり皮膚が捲れてうっすら血が滲んでいる手首を見つめることしばし

リスクが大きすぎる。と鯨は宣いました

こちとら本気で死んだポチと再会を果たす手前まで行ったというのに、遊び感覚なんですかね、この鯨!

思いの外、本気で傷つけてしまった手首が痛々しいので謝罪しようかと思いましたが止めときます。はい

それもそうとうですが…

「リスクが無ければ殺されたと…」

喉を押さえ、目元の涙を拭い見上げると、イサナさんはすでにこちらなど興味がないように虚空を眺めていました

何の脈絡もなく

「ナガレは、この場所が好きなんだろ?」

と尋ねられ、まぁ…と答えるとなんとも微妙な顔をしていました

なんですかその顔

「…あと少し付き合え。そうすればこの場所もくれてやる」

よっこいしょ。と気怠そうに私の上から退いたイサナさんは、ほんの少しだけ口角を上げていました

「口答えをすれば?」

「こうなるな。」

空を掴むような仕草をしたイサナさんの手を見て、何故か首が痛くなりました。すっかりトラウマですよ

「精々、俺に尽くせ。死にたくなきゃ命削るんだな」

「はいはい、館長の仰せのままに」

何故このような奇行に走ったのか…それはよくわかりませんが結局いつも通りと言うことでしょう

館長室から出て行く背中に続くと、心なしか満足そうなイサナさんと目が合いました



☆☆☆
「おい、……ナガレ…それどうした?」
「あ、サカマタさんー。いえ、ちょっとイサナさんに絞殺されかかりまして」
「こうさつ…?」
「あぁ、呼吸のすべを奪い窒息死させようとしてきたんです。ほら、鯱は鯨の子供を狩るときにするでしょう?」
「……………(平然としてるが大丈夫なのか?)」

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