鯨に乗った少女

人目に付かないように日が沈んでからですが、岸に身を寄せてくれている背中に

「えっと、土足か裸足かどっちの方が良いですか」

と聞いてみると返事がありませんでした

「イサナさん?」

「………」



儚げな光を放つ港を背に、波を掻き分けてゆったりと進みます

安定感のある背中を撫でて軽く身を乗り出すと、大きな腕が水を掻いて通過した瞬間でした

力強く腕が動く度にぐんっと体を引かれるような感覚がして、推進力が増していきました

「ラプラスに乗ったらこんな感じなんですかねー」

思わずそう馬鹿なことを呟くと、聞こえたらしいイサナさんが

「なんだそれは」

と、聞いてきました。なんか、興味を持つなんて意外ですね

「えっと、金持ちには無縁な庶民の道楽です」

「ナガレ、馬鹿にしてるのか?」

クジラの声が低くなります

軽く笑うと、背中がくらりと揺れました

「いえまさか馬鹿になんて…わわわゴメンナサイ!ゲームでのキャラクターです沈まないで私泳げない泳げないゴメンナサイゴメンナサイ」

「ふん」

大きな背中に座っていたために咄嗟に反応できず、胸元まで海水が押し寄せてくるのは中々恐怖でした

水面が得体の知れない黒色の影に見えるほどには死ぬかと思いましたね!

下着までぐっしょり塗れた状態になってしまい、少し肌寒いです

イサナさんの巨体はスムーズに円を描き始めていました

もう帰るようです。もう少しくらい泳いでくれても良いのに

おそらく鯨の背中に乗って海を渡るなんて、人類初だと思うのです

呪いが解けたらもう乗せてもらえないわけですし…

「でもあれですねー、本当に乗せてくれるとは思ってませんでした」

「どうせこんな呪いすぐに解けるからな。それに言っておくが」

「最初で最後ですよね、わかってますよー」

「わかってるなら良い」

勢い良く巻き上げられた潮が空から降り注ぎます

月光を浴びたそれは花火のようでした

肌に当たる水滴を払い、背中を軽く叩きます

「イサナさん、ありがとうございました!今日は楽しかったです!」

「明日から働いてもらわないと困るからな」

「げ。」

イサナさんは背中を揺らして笑っているようでした

「それなら一回と言わず何回でも乗せてくれたらいいのに」

聞こえないように言ったはずなのに、なんか沈み始めてませんかイサナさん…?!

「ゴメンナサイゴメンナサイ一回で良いですゴメンナサイアッー!!」



☆☆☆
約束は守るイサナさん

夢主は裸足でした

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