スローラブ

人気のない動物園の門の隙間を抜け、檻が囲む通路を少女が駆け抜けていく

少女はお花のアップリケのついた手提げ袋を振り回しながら、目的地が決まっているのか迷うそぶりを見せない

その様子を、檻の中の動物達が物珍しそうに見守っていた

ここは園長を除けば無人の動物園…従業員も飼育員も、受付係もいない

立地も町から離れた山奥であり、そもそも認知されてもいない動物園。

そんなここに、来客など居ないに均しいのだ

時折檻に向けて挨拶をしながら、彼女は足を止めない

どうやら目指していたのは動物園の再奧にある園長がいる建物であったようだ

弾んだ息を落ち着けてから、少女はドアを勢い良く開く

中にいた住人は白い毛に覆われており、長い耳をピンと立てて少しだけ驚いた様子であった

煙草をふかすように人参をくわえていた彼を見つけると、少女は華が綻ぶように笑う

そして椅子から立ち上がった兎の鳩尾に激しい頭突き…もとい熱い抱擁を決めた

おうふっとシイナは呻いてよろめき、一歩だけ後退したがなんとかこらえて少女を抱き上げる

「うさぎさーん」

「わしは園長じゃ!」

少し頬を膨らましたシイナに少女、もといナガレは先程から浮かべている笑みを深め

「えんちょーさん」

とすぐに言い直した。満足そうに白いフワフワの体毛が覆う手がナガレの頭の上を往復する

「なんじゃ、ナガレ」

「今日もおもしろーな話しを持ってきましたっ」

右手を勢い良く持ち上げ敬礼した彼女につられるように、シイナも口元に笑みを浮かべよーし!言ってみろ!と元気に促す

はたからみれば、まるで子供同士が遊んでいるかのような様子であろう…片方が人間大のウサギでなければ

「人気の動物園では、ふれあいコーナー?をやってるそーです!」

「獣どもと人間を遊ばせればいいのじゃなっ」

「はいー!」

シイナは小さなナガレの体をひょいと自分の頭より上に持ち上げ、ぐるぐるとその場で回転を始める

ナガレは遠心力に髪を遊ばせながらされるがままだった

しばらく楽しそうにクルクルグルグル回っていた彼らであるが、ナガレが唐突に

「あ、」

と声を出しそれは止まった

なんじゃと首を傾げたシイナにナガレは手提げ袋の中のものを取り出して見せる

「お土産なのですー!お花がいっぱい咲いてたの」

「おー」

「あと人参ジュース」

「よくやった!」

シイナに褒められ、うふーと誇らしげに笑って彼女は

「えんちょーさんえんちょーさん」

とウサギに手を伸ばす

それに答えるように、2人の距離は近付いてお互いの額と額を重ねた

「なんじゃ?」

「えんちょーさんは彼女さんいないんですよね」

間近に見える真剣な眼差に、そーじゃな。とシイナは穏やかに答える

「えんちょーさん!大きくなったら結婚して下さい!」

突然の大声に、窓の外で戯れていたであろう小鳥たちが数羽はばたいていく音が聞こえた

シイナは小さな恋する乙女に額を寄せたまま、ほんの少し肩を揺らす

互いの睫毛が少しだけ触れていた

喉の奥からくつくつと笑った彼は、先程と同じ様にそーじゃな。と呟くように言う

それも良いかもしれんな、ナガレ

そう彼が笑みを深めると、少女は幸せそうに頬を少しだけ朱に染めたのだった



☆☆☆
take1
シイナ「結婚ってなんじゃ?」
華「園長ぉぉぉおぉぉぉぉ!?」



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