犠牲者M
次の日には私は水族館に居ました
館長代理ですってあっははマジでか
水族館の一室に集められた職員達は皆様不満そうに顔を歪めているかあえて作った無表情で憮然とこちらを見ていました
突然ここを管理していた館長が止めさせられ、その原因を作った人物は(鯨ですけど)何かしらの理由で顔も見せないと来たら、いい感情は持ちませんよね
唐突に現れた小娘が代理館長ですだなんて言おうもんなら、壁を殴って退室した男性に同情するのが人の心理と言うものだと思うのですがいかがでしょう?
突然の壁ドンに口から心臓飛んでいくかと思いましたけどねっ
いつ誰に胸ぐら捕まれるかというくらい冷え切った殺伐とした部屋で、私1人冷や汗塗れになりつつイサナさんからの有り難いお言葉を伝えます
昨日メモをさせられまとめた文章は、意外にも水族館職員達への労いから始まりました
私も労ってほしいです…じゃなくて、あの高慢な態度しかとらない(初対面から3日しか経っていないのに、私はここにいることを考えて下さい)彼が労ったのです
おそらく表面上だけですが
少しだけ和らいだ空気に私の声だけが響いていきます
これからこの水族館を改築し展示生物も増やしていくという方針であること、今までにないテーマパークを造りたいという事…今後の夢のある目標に期待と不安に揺れる目が私を見つめています
文章を読み終わる頃には最初の敵意は薄れていました
イサナさん…あなた初対面から命令口調だったくせに人を掌握し手のひらでゴロンゴロンに転がすのが御上手なのですね
今は鯨なので実際に手のひらに人間くらい乗せれそうですよねっ
とりあえずの顔合わせと挨拶を終え、退室していく職員達を見送ってから急ぎ足で水族館の裏に面した海に向かいます
水族館裏はゴミ置き場になっているらしく、魚の骨や内臓、海藻類と生ゴミが溢れかえっていました
とてもじゃないですが、息をするのも躊躇うようなグッドスメル…つまりは超臭いです!
まぁそれだけ近付きにくい場所であることが幸いして、人目には付かないでしょう
「イサナさーん!無事終わりましたよー」
大きく息を吸い込んで海に向けて報告をすると、海を割って大きな黒い頭が現れます
その際に吹き上げた潮が、空に小さな虹を作りました
「あぁ…ナガレか…」
顔を出した鯨は心ここにあらずと言った様子で、思案するようにぼんやりとこちらを眺めていました
大きな目と沈黙が少し怖くて、誤魔化すように
「イサナさん、すごいですね…皆さん感心されてましたよ」
と口を開くと、彼はようやくしっかりと私を認識したようです
「…そのことなんだが」
従業員は必要なくなったから辞めさせる。と鯨はあっさりと言い放ちました
まるで飲み干したから空のペットボトルを捨てるねと言うように軽く簡単に言ってのけたのです
「え?…なんですって……?」
思わず聞き返した私はけして悪くないと思うのですが如何でしょう?
目の前の巨大な生き物は舌打ちを鳴らし、理解の追いつかない私に聞き取れるようゆっくりもう一度繰り返します
「増設を終え次第、従業員は全員クビだ」
………はぁ!?
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[mokuji]
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