高慢な黒
いやな予感ほど良く当たるってマジですよね
嫌なほど良く当たるからいやな予感何でしたっけ?あはは、違いますよね知ってます
イサナさんに従い眠れない一夜を越えて朝一に海辺に行くと、マッコウクジラが泳いでいました
夢じゃなかった…と絶望まではせずとも落胆はしましたね
肌寒い澄んだ空気を吸い込んで気持ちを落ち着けてから砂浜に這い寄ってきた黒い山に
「あの、イサナさん…おはようございます」
と声をかけると、ビーチボールより大きな目がぎょろりと動いてこちらを見ました
思わず後ずさってしまったのは本能的なものなので許していただきたいです。はい
人間に見下ろされたネズミはきっとこんな心境なんでしょうね
小さな生物に少しの同情心が芽生えてしまいました
「あぁ、ナガレ、来たか」
鯨はこちらを確認すると気怠そうに目を閉じました
電話は?と聞かれ、昨日帰った後の電話での報告を聞いたまま伝えます
すると彼は何やら一段落付いたかのように長い息を吐き、生暖かい風を吹かせました
そういえば、イサナさんはご飯をどうしているのでしょう?
まさか深海にまで食べに行ってはないと思うのですが
皮膚が乾燥してきたのか四つの足で砂を蹴り一度海へ身体を浸したイサナさんに
「あの、水族館を買収って、何のためなんですか?」
と聞いてみました。すると意外にも彼はすんなりと答えてくれるようで、不満そうに潮を吹き上げながら
「…忌々しい呪いを説くために水族館を繁栄さなければならないんだ」
とバシャン!と力任せに振り上げた腕で海面を叩きつけました
海は大きく波打ち、舞い上がった塩っ辛い水しぶきが降り注ぎます
鯨の表情は読めませんが、彼はありありと不機嫌そうな空気を醸し出していました
口にはしませんが、とってもこわいです
「…やっぱり、イサナさんは人間なんですよね?」
「……」
理由を聞いても?とダメもとで見上げると、また潮を吹き上げていました
鯨って自主的に潮を吹き上げたりしましたっけ?呼吸の際に飛沫が噴水のように上がるのがそうみえるだけで、体内から水を吐き出しているわけではないはずです
先程から見ていると、海面から大きく背中がでているにも関わらず潮を吹いているように見えます
何か特殊な物なのでしょうか…
しばらく海鳥の鳴き声が遠くに聞こえていましたが、イサナさんはゆっくりと口を開きました
イサナさん曰わく突然現れた化け物鯨に自らも鯨にされ、呪いを解くためには「世界に轟く生命の園を造り出せ」と言われたそうです
つまりは水族館を知らない人がいないほどの大人気にしなければならないってことですよね
化け物とか呪いとかファンタジー過ぎるのですが、目の前に実物が居るのでなんとも…あれ、昨日もこんなこと考えた気がします
思わず現実から目を逸らしていると、そういえば…と、目の前の巨体は呟くようにおもむろに口を開きました
「ナガレ、荷物はまとめたか?」
そういえば昨日、荷物をまとめるように言われた気がしました
理由はわかりませんが、短時間で行えるものではないと思うのです
「一日ではさすがに…」
と答えると、イサナさんはこちらではなく空を見上げていました
「お前には水族館で住み込みで働いてもらう」
なるほど、水族館ですか
水族館は好きですし、ずっと居られたらいいなーって思いますよねー
うふふあはは…
「……。……は?!」
目を見開いて鯨を見上げると、彼は平然と
「昨日言わなかったか?」
と言い返してきました
昨日は命令しかされた覚えがありませんけど!
「言ってませんんんんん!!」
叫ぶように伝えると、イサナさんはうるさい。と若干眉根を寄せました
鯨でも表情筋ってあるんですねっ
聞いてないです言ってないですと喚くと、表情も変えずに
「今伝えた」
と開き直る始末ですよっ
仮にも人にものを頼む態度なんでしょうかと呆れると同時に、長い付き合いになるなという初対面で感じた直感は間違っていなかったわけです
素知らぬ顔で鯨らしく悠然と泳ぎ始めた黒の固まりに無性に腹が立ちました
喋らず歩かなければまんま鯨であり、私は海洋生物が好きなのです
見てる際にはとても可愛らしいのに…たとえ肉食で最大種の生き物だとしても
「イサナさんってきっと彼女いませんよねっ」
勢いに任せて言っただけでしたが、無言だったので案外図星だったのかもしれません
ざまぁ
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[mokuji]
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