浅瀬の王様

ど、どうしてこうなったんでしょう神様

私は就職活動の合間の息抜きに、大好きな水族館で大好きな海洋生物を見て癒やされ、その流れで帰路を少しはずれて遠回りし海辺を歩いていただけなんです

寂れた水族館といえど展示は100を超えますし、来場者が少ないのは水槽越しの世界を一人占めできるので寧ろ嬉しいのです

時間がかかるとはいえ徒歩でいける範囲なのもあって良く足を運んでいます

私は今日も人気のない静かな海の世界を堪能し、どこかの誰かもしてるようななんの変哲もない日常を静かに終えて、就職活動に戻るしがない一般人のはずだったんです

夕暮れ時の海の波間から見えた黒い巨体に、水族館ではとても展示できる大きさではなく近くで見るなんて中々出来ない海洋生物が浅瀬に迷い込んだと思って近付いたのが悪かったのでしょうか

人間の好奇心を止めるのは難しいことですし、目の前に自分の好きなものが有るかもしれないとなれば尚更だと思うのです

砂浜を駆け出した私の目の前で海面からゆっくりと首(頭?)をもたげたそれは、想像より遥かに大きく

そして想像とはかけ離れた容姿をしていました

夕日をバックに樹齢100年越えの杉のような太さの前足(らしきもの)で身体を支え、海から這いだしてきたそれは、私の見間違いではなければ鯨のようでした

鯨は水中で暮らしますが魚類ではなく私達と同じ哺乳類です。時折海面に現れ潮を吹くのは水中では息が出来ないために呼吸をしにきているものなのです

しかしながら遙か太古の昔、陸上での生活を捨てて海帰った彼らは進化の過程で他の哺乳類のような腕や手を無くし皮膚の覆うヒレに変化したはずでありまして

その巨体を海水の浮力に頼らずに持ち上げる、さらには砂浜まで這いだすなんて出来るはずがないのです

まだ付け加えるならイルカやシャチ同様、鯨は長い間陸上に居ると皮膚が乾燥し日光にて火傷をしてしまうのです。陸に這い上がることが可能として(十分あり得ないことなのですが)それだけ元気なのに知能の高い彼らがわざわざ水から上がろうとするのでしょうか

頭上に水滴が落ちてきて見上げてみると、僅かに開いた口から鋭い牙が見えました

恐らくですが、肉食のほうの鯨さんなんでしょうか。私、これ、食われます?

鯨らしき生物はその巨体と屈強な前足に似合わない小さめの後ろ足を使い(尾鰭の代わりに足が生えているのです)海面から全容を露わにしました

日は沈みかけてまして、近くに人の気配もないので(こんな光景みたら悲鳴があがるのが普通でしょう)私1人が食べられたとして気が付いてもらえるのでしょうか?

丸呑みされたとしたら、この鯨が死んで海辺に打ち上げられ生態調査のため胃の中身をかき回しでもしない限り発見されないでしょうね

逃げることを考えても足が動かず立派に機能停止した私を品定めするように、鯨は頭を垂れるようにして私を見下ろしているようでした

鯨の口が開かれ、あぁ私の人生って案外短いのだなと走馬灯が駆け巡り出したとき

「お前、携帯電話を持っているか」

と目の前の鯨は人語を話したのです

……はい?

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