ハッピーバレンタインデー

ここは地下で変わりはないが、おそらく真夜中を過ぎたのでは無かろうか

時計をわざわざ見るのも億劫で、資料から上げた視線は机の角に作ったお菓子コーナーに向いていく

ダイエットの文字が脳内をちらついたが、糖分が無ければこの書類を進められるはずがないと手を伸ばして飴玉を口内に放り込む

何回目かのため息を飲み込んで、この前女友達に会ったんですよーと隣に出来た書類の山に話しかけると、その山は興味なさそうにへぇと相槌をうった

どことなく重い空気の事務所は毎年恒例で、他人のお出かけシーズンこそ忙しい運行業の定めである

みなさん、毎年恋人同士の行事なんてあってないようなものだよ!ざまみろ!

「チョコあげたら『…お前の手作りチョコ不味い』とか言われて、ムカついてたら『こんな不味いチョコ俺くらいしか食えないな』」

だから、俺以外にやるんじゃねーよ。、って言われたんですって!

「私もたまには言われたいです!」

「ナガレ、キミ、バトルの時は凄いけどそれ以外結構バカ。頭悪い」

ボク改めて納得。と書類の山もといその向こうのクダリさんの溜め息がしっかりと聞こえた

うるせぇバトルエンジェル地底に帰れと罵ると、ここ地下。と短く指摘される

「ほらナガレいい加減現実見て。カップルがトレインに押し掛けて時間も押し押し。残り時間は書類相手にデート」

さすがにボクも嫌。と愚痴りながら差し出されたマグカップに、駅の購買の子に貰ったポッキーを入れるとすぐに引っ込んで咀嚼する音が聞こえた

お腹空いてるんだろうか…

「そんなにがっつかなくても、この部屋から出たら脳タリン女子がクダリさんを今か今かと待ってチョコ抱えてますよ」

媚薬入りと縮れ毛入りは何個ありますかねー。あと男性からの妬みチョコ

なんて事の無いように呟くと、またマグカップが差し出される

キットカットの袋を開け書類向こうの彼の口元に持って行く

あーんと開けられた口にチョコを入れると、いつも通り笑顔を作る口元がため息を吐いた

「はー、こわい女の子と毒チョコキライ。それがなければ素敵な日」

チョコは嫌いじゃない。だから頂戴と催促するクダリさんの口元に指を持って行く

噛みつこうと大口を開けるのを見て慌てて回避

クダリさんはポケモンに似てると思う

雑談ばかりで手の進まない私たちを見かねてか、咳払いをしたノボリさんに慌てて席に戻り2人して書類に視線を戻す

クダリさんがポケモンなら、ノボリさんはトレーナーだと思うがどうだろう

「あげる方としては、ここの職員は律儀に三倍返ししてくれるから結構気をつかうんですよねー」

「だからナガレ、既製品ばっかり?」

「料理が出来ないわけじゃないわけじゃないですよ」

「それどっち?」

再び始まった雑談にノボリさんから呆れた視線を頂戴し、黙る

料理は…まぁ、得意ではない

「ん?それは?」

書類の向こう側からこちらをのぞき込んだクダリさんが、何かを持ち上げる

不器用にラッピングされたそれは、あげるかあげまいか悩んで自分で消費するつもりだったチョコレートケーキが入っている

手作りの、所謂本命チョコ

「あ、ダメ…」

なんてやっとのことででた制止の声は呆気なく無視され、外されたピンクのリボンが所在なさそうにひらひらしていた

リボンに挟まっていたメッセージカードをしばし見つめてから、少し焦げ付いたケーキを咀嚼し、そしてゆっくりとクダリさんの喉が上下する

自分の心音がやけにうるさい

耳の中に心臓があるみたいだ

何を隠そう、私は隣の席のクダリさんが好きなんだから

「本当、ナガレ料理下手」

彼のケーキを食べてからの第一声はそれだった

「でも、その下手くそな手作りチョコわざわざ待ってたボク重症かも」

責任とって。とニンマリ笑ったクダリさんは親指の腹で自らの口元を拭って、その指で私の唇に触れた

「あ、まさかボク以外に手作りの、あげるつもりないよね?」

キミからのものは、すべてボクのものなんだから。

あ、なんだ両想い。やったぜコノヤロウ

パニックを起こしたか機能停止した頭でそう呟くと、クダリさんの白い帽子を被せられる

「苦手なこと必死に頑張っちゃうキミが好き!ね、ナガレ」

だからまた作って。と囁かれた言葉に胸焼けを起こしそうだった



☆☆☆
▲「イチャつくのは勝手でございますが、私達の存在を忘れないで下さいまし。そしてさっさと仕事しろ愚弟」
鉄道員「「「リア充爆発しろ」」」


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