この先止まれ

仕事から帰ってきたノボリ兄さんは、いつもの仕事着である制服のまま、スーパー袋を両手にぶら下げていた

それがまた似合わなくて、思わず笑ったら、いつものしかめっ面がさらに歪められる

弄っていたライブキャスターを投げ出して、ソファーから立ち上がり、ノボリ兄さんに駆け寄る

彼の両腕が不自由なのを良いことに、眉間の皺を人差し指でぐりぐりと解すと、少し呆れながら笑ってくれた

すぐに機嫌なおしてくれてよかった

何たって、晩ご飯のメニューは彼の思うままなのだから

嫌いなものばかりにされても、我が家はお残し厳禁制度…それはまさに生き地獄…あぁ、ピーマンやめて

あ、晩ご飯と言えば

「にーさんにーさん。クダリ兄さんは外食に行きましたよ」

「そうですか。では、少し豪華に致しましょうか」

やったー!と大袈裟に喜んでみたが、華麗にスルー

挙げ句の果ては、私の行動など無かったように横をすりぬけて冷蔵庫に向き合った背中を数秒眺める

「にーさんにーさん。」

「なんでございますか」

テキパキと冷凍室にお肉を積めている背中に、そのままの距離で呼び掛けるが、ノボリ兄さんは振り返らず気にした風もない

「にーさん、好きですよ」

「……」

独り言くらいの小さな声だったけど、作業する手が止まったから、聞こえたんだろう

でもこんな時、大人はずるい

手が止まったのは一瞬だけで、つまりはすぐに再開された作業が答え

無言なのに。答え貰ってないのに。

「明日は仕事でございますか」

「仕事ではございませんよー」

おもむろに飛んできた質問に反射的に答えて、ノボリ兄さんがこちらを見ないのを良いことに、自分で苦笑い

だから自分は子供なんだ

見事に話を逸らされ、先程の私の言葉はふわふわ浮いて、消える

つまりはやっぱり、それが答え

「晴れたらお出掛け致しましょうか」

「いーね。いこう、にーさん!ね、クエン君もだよー」

「日照りキュウコン…ガチでございますね…」

ボールからキュウコンのクエンを出して、抱きつく

私の目尻にあるものに気が付いたのか、しきりに顔を舐められる

心配させたのか、ニョロトノの小雨のボールまでガタガタ揺れだしたから困ったものだ

「え、小雨ちゃんも行きたいの?んー、ボールの中なら…」

適当な言葉を言いつつ、ボールを撫でて宥める

クスッとノボリ兄さんが笑った

「小雨は雨降らしニョロトノでございますからね」

明日、雨が降っていただいては困ります。とクスクス揺れる背中を、クエンに抱きつきながら見つめる

あーあ。同じ部屋にいるのに。すぐそこにいるのに、なんて遠い背中

「にーさん。さっきのお返事は?」

「……」

ほら、すぐに黙る

「好き、でございます」

荷物の無くなった袋がカサカサ音を立てながら、ノボリ兄さんの性格を表すように綺麗に畳まれていく

ゆっくりと立ち上がって、こちらを見たノボリ兄さんは、いつもと寸分違わない無表情だった

「……」

「とか、言ってくれないんですかー」

クエンが焦れたみたいに口から火の粉を溢れさせる

「……」

「きんしんそーかんなんて、燃えませんか?」

「私は…」

ノボリ兄さんが、足先を睨みながら、言いにくそうに口を開く

あぁ、否定されるなら聞きたくない

「にーさん、明日、楽しみですね」

「…そうですね」

にっこり笑って、何かを言い掛けたノボリ兄さんの言葉を遮ると、ノボリ兄さんもぎこちなく笑った

晩ご飯を作り始めた背中に、聞こえないように、小さく、小さく呟く

「にーさん、否定されたら私は死んじゃいますよ。せいぜい答えを先伸ばしてくださいね」

クエンには届いたのか、耳がピクリと動いた

答えなんか最初から望んでいない

私は子供らしく他人の話を聞き流して、自分の主張だけ吐き出すんだ

「好きでございますよ。身内に向ける感情とするには異常すぎる程」

答えなんか、望んでない


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