six | ナノ






「あれ?今日は眼鏡なんだね?」


いつもコンタクトの彼女に問いかけると、彼女はにっこり笑って頷いた。


「うん!巻島くんって、眼鏡の女の子が好きなんだって!」


昨日思い切って聞いちゃったんだ、と嬉しそうな彼女に、背筋が凍る。「おそろいだね、」という笑顔に、アタシは上手く笑顔を返せているだろうか。ぞっとした。この気持ちが、彼に、誰かに、ばれているのではないかと。
同時に決心した。この気持ちは絶対に秘め続けると。アタシが、巻島祐介を好きな気持ちは、ここに消すのだ。


小さい頃から、自分に自信がなかった。人の顔を見ることが苦手で、ずっと俯いていたものだ。
前髪を伸ばし、大きな眼鏡をかけ、誰とも目が合わないようにしていた。口下手で、友達もできなかった。


高校に上がってもそれは変わらず、自分に自信がないまま。そんな時目に入ったのは、綺麗な緑の髪をした男の子ー巻島祐介だった。


「……なんで前髪、そんな長いんショ」
「え、」
「顔、隠すため?」
「……。」


無口だと思っていた彼はやけに饒舌で、一番突かれたくないところを突いてきた。
ほとんど初対面なのに、と胸に少し苛立ちが湧き上がる。後から思えば、歯に物着せぬ口ぶりは彼の癖だったのだと思うけれど。


「クハッ、なんで分かるって、そう言いたげな顔っショ。」


前髪の下から、彼を盗み見上げる。アタシなんかより遥かに自信に満ちた表情を携えた彼はショートカットだった。たれ目が、アタシを射抜く。


「俺もそうだったからな、おんなじことやってた。」
「……え」


まさかそんなこと言われるとは思わなくて、思わず口が開いてしまう。ハ、と下手な笑みを浮かべた彼は満足げにアタシを指さした。


「やっとこっち向いた。」
「……っ、」


嬉しそうに笑った彼に思わず見とれる。こんなにも自信満々な人が、アタシと同じだったって?まさか、そんなこと


「前髪流して、伊達メガネでもするといいさ。世界が変わるぜ?」


両手を広げて天井を仰いだ。その姿は凛々しい。横顔は美しい。体全体が、自信を叫んでいる。
アタシも、こんな風になれるのかな。世界を変えられるのかな。


半信半疑のままに、言われた通り長い前髪を横に流し、黒いフレームの伊達メガネをしていった翌日。朝練を終えたらしい彼はアタシを見るなり教室の入り口からダッシュしてきた。
照れ臭くて思わず下げた顔を無理やり前に向かされ、鼻先がつくくらい間近で向き合うことになる。


「いいっショ、似合うっショ、絶対そっちのがいい!」


ああ、そう笑いかけられた瞬間から、恋に落ちてしまったのだ。アタシに勇気と自信をくれた魔法使いは、アタシの中ではずっと王子様だった。


けれど。この気持ちを抱えたまま、巻島くんと特に何の進展もないまま高校3年生になった。再び同じクラスになった彼は最後のインターハイに向けて部活漬けの日々。席が近くなければ話す理由もなく、遠巻きに彼の綺麗な緑の髪を見つめることしかできなかった。告白はおろか、挨拶すらも。

だって。言えるはずもない。アタシの親友が、あなたのことを好きなんだから。

アタシはメガネをはずした。もう、これがなくても大丈夫。
貴方はメガネが好きだと言った。お願い、アタシを好きだなんて言わないで。アタシは、彼女を手放す勇気なんてない。友情を壊すくらいだったら、貴方を諦めてしまう それくらい意志の弱い初恋だから。


思いは通じたのか、巻島くんと関わることはなく、彼は外国へ旅立った。その日までに、彼に彼女ができることはなかった。


▽▲▽


高校を卒業して4年。未だに心のどこかでひっかかり、アタシに彼氏ができたことはない。
高校時代の魔法使いのおかげで、大分垢抜けたせいか何度かそういう機会はあったものの、やはり美化した彼以上にかっこいいとは思えなくて全て断り続けていた。こんなにも好きだったなんて、今更笑えてしまうよね。
連絡手段も、彼の噂話すらアタシにはないというのに。

そろそろ夏が終わる。彼も卒業する時期だろうか。
早めの昼食を終えて大学へ向かう。採用試験まで、勉強は怠れない。


自宅を出て、門を開けた瞬間。視界に入った玉虫色に、思わず驚愕してしまった。


「……え、」
「よぉ。」


長身、細身、奇抜な服装、自転車、緑色の その髪


「久しぶり。」
「……え、巻島くん、え!?」
「クハッ、驚きすぎっショ。」
「え、だって、家……」
「……調べた。自宅も、大学も、全部。」


キモイっショ、と自虐的に笑う彼は4年前とは大違い、大人びていて。風に乗ってほのかに香水の香りも漂ってくる。巻島くんだ、と思うと涙がこぼれそうになった。


ああ、もう、こらえられない。
ずっとずっと、心に秘めてきたこの気持ち。


あなたがかけてくれたこの魔法、やっと、やっと。
あなた好みになることを、もう許されてもいいよね?


伊達メガネを改めてかけたアタシを見て、巻島くんは嬉しそうに頬を染めた。


「似合ってるっショ、それ。」


言えない、言えない、わたし
(やっと伝えてもいいですか)
(もう言ってもいいっショ)