four | ナノ






伸びてきた手を受け止める。葉隠はなんだなんだとその手の主、みょうじの顔を訝しげに見つめた。空いた片手では、先ほどまで磨いていた水晶玉がある。机から転げ落ちてしまわないよう、支えているようだった。「どうしたべ」と葉隠はわずかに笑みをうかべ、訪ねた。柔らかい皮膚と肉に包まれた白いそれは、確かにみょうじの手のひらからある。すべらかな肌を何度か葉隠のささくれ向けた指先で撫でると、もう一度優しく「どうした」と問うたのだった。

「私たち、もう少しで学園生活の一年目を終えるんだよね」
「おう」

「それがなんだべ?」と、本日三度目の問いかけに、みょうじはもごもごと口元を結ぶ。普段見せることのない幼い行動だった。葉隠はその行動ひとつ一つに胸へ花を咲かしつつ、また、彼女の指を撫でるのだった。
「なんだか」と、一度みょうじは口を止める。

「実感が湧かなくて。葉隠くんと出会って一年なんだね、私」
「ま、そうだべな。つっても、俺の方はみょうじっちと出会って一年経ってもそんな感慨深くないべ」

そこは女と男の思考の差というべきか。葉隠はとりあえず水晶玉をかばんにしまい、両手でみょうじの手を包んだ。放課後の教室で、二人は一つの机を挟んで向かい合っていた。机にうなだれたまま、手だけを差し出すみょうじの流れる髪を葉隠は無意識に見ていた。とくに変な感情も湧かなかった。自分の髪質と全然違うな。そう思った、といえばみょうじは怒るだろうか。手と手から伝わるぬくもりを感じながら、葉隠は無言のままだった。

「そういえば、みょうじっち」

そこで、何かを思い出したように葉隠は口を開いた。

「なに?」

顔をあげたみょうじだが、ふいに初めて見たような感動を覚えた。葉隠には過去から積み上げられてきた日々の感動はなかったが、こういった現在の、ーーとくにみょうじの行動には常々感動をしていた。

「オメー、日誌書いたんか?」
「……書いてない」
「はー、やっぱりな。誰だべ、学園生活一年目が終えることに感動してたやつは。みょうじっち、その学園生活の日々は全然つづらないべな?」

みょうじの手を離し、葉隠はその手の下に隠されていた日誌を開いた。残り数枚の日誌をうしろからめくっていると、名前と時間割だけが書かれたページが一番の最新だった。それを見て葉隠はため息を一つ。それを見てみょうじはあくびを落とした。その日頃から行われる行為におかしくなり、みょうじはくすくす笑った。

「また来年もあるからいいでしょ?」

その言葉には、「だから今日は帰ろう」という意思も感じ取れる。葉隠は「んだな」と頷いた。日々の感動も、今のような時期だからこそ極まるものなのだろう。みょうじが真っ白の日誌を教卓に隠し、葉隠のかばんを持って教室を出た。

「葉隠が最後だから施錠してね」
「うっわ、めんどくせー役を任したべな!?」
「じゃあね」
「おいおいおい、待つべ!」

かばんごと帰ろうとするみょうじ。葉隠は、放課後という限られた時の間に何度も撫でた、その手をつかむ。引き止めた腕が震えた。今さら何を緊張してんだ。葉隠は胸からふつふつと湧き上がる感情に「もしや」と思うも、「これも思い出だべ?」と、腕と同じように声を震わせ、言い放つ。
みょうじは確信犯であった。当たり前、と頷き、葉隠が施錠するのを見て遊んだ。彼が扉へ戻ってくる頃にわざと扉を閉めてやるのだ。扉越しから葉隠がみょうじの名を呼んでいた。その声が、やけにみょうじの心に浸透していた。さまざまな色をした絵の具が、今、心地よく水に溶かされている。たくさんの色を持って、重なり合っている。

ようやく飛び出た葉隠を迎えたみょうじは、二人並んで廊下を歩いた。窓から差し込む夕焼けが、いびつな影を落としていた。

きっと、来年と再来年もこの場所で同じ影を見て、さらに先の未来では影のみが並んでいるのだ。二人は、静かに肩を並べた。