four | ナノ






赤くなった指先に息を吹きかけながら、しんしんと降る雪を見ていた。
最近ずっと肌寒いから、冬島がそばにあるのかもしれない。一面真っ白に雪を被った家の屋根とか、年中融けない氷のモニュメント。あ、モミの木もあるといいなぁ。さすがにイルミネーションで飾り付けてはないだろうけど。
想像してるだけで、心がほっこりとしてくる。感じる寒さもいつの間にか消えてたけど、やっぱり手はかじかんだままだった。もう少し外を眺めたら、戻ろう。

雲から舞い落ちる雪がまた、波へ吸い込まれた。一枚。また、もう一枚。ふわふわとあたたかそうなのに、冷たい。細長い楕円の形は花びらに似ていて。空の上の、雲色の草原にはひやりとした花が一面に広がっていて、散る花が雲の下に降らすのかも。
そんな空間を切り取ってスノードームならぬ、フラワードームにしてみたら、なんて考えてたら、はるか後ろの船内に続く扉が開いた。

「あ、こんなとこにいた」
「ベポ」

キャプテンから言伝だよー

ひょこっと現れた白い姿が、手を振りながら走ってくる。つなぎ一枚だけじゃ寒そうだけど、さすがはシロクマね。ベポの立派な毛皮はもふもふして、すごくあったかい。そういえば前に寝ずの番を一緒にしたときもあったかかったなぁ。

「『体に障る、中へ入れ』でしょ?」

溜め息混じりに苦笑いしてみせるとベポがしゅん、と体を縮めた。ごめんねってすまなそうに。

「……そろそろ入ろうかな。主治医の仰る通りに」
「うん、はやく入ろう」

あ、今日は昨日より冷え込むよ しっかりあったかくしててね

頭上にかかるどんより曇り空を、仰いだ我らが航海士の予報は外れないのだ。

「ふふっ、ベポ航海士、了解です!」
「よろしい、では船長室へご案内ー」

かたん、と揺れて、そっと扉の方へ押されて行く。木目ごとに小さく音を立てる車椅子が、わたしの足。

≫≫≫

「キャプテン」
「入れ」

こんこん、のノックの後にノブを回すと、暗い廊下に明かりが漏れ出た。部屋の中はちょっと散らかり気味で、ドアの正面にある椅子は空っぽ。あれっ、って首を傾げてたら、後ろに立つベポがあそこだよって指差して教えてくれた。

「じゃあ俺、行くね」
「うん、ありがとベポ」

ばいばいと見送って、戸棚の側へ車輪を回す。床に散らばる紙束とか本とかを轢いてしまわないように、ゆっくり、ゆっくり。
迷路のゴール地点、奥の薬棚。そこに立って何やら整理をしていたらしい、部屋の主であるローがちら、と一瞥した。

「戻ったか」
「うん」
「体調は」
「だいじょうぶ」
「……ブランケット、ソファにある」

掛けとけ

真横から見上げる、かちゃかちゃとビンやら器具を取り替える手元は忙しそう。
それでもわたしを気にかけてくれるあたり、やっぱりローも優しい。

「ロー、今日の海はね……」

お気に入りのブランケットを掛けながら、さっき見てた雪と海の話をした。


白が降り、青が揺れる。無秩序に自由そのものの有様を体現する世界は只々美しくて。その美しい強さに憧れ続けて。けれどその中で生きられないと思い知って。そうしてまた、憧れて。虚しいループをぐるぐる繰り返すだけのわたしは、スノードームの中に生きているみたいで。透明な壁を一枚隔てた向こうの、一歩先にあるものに伸ばして求める術を持たないこの手は弱くて。脆くて。

許しを得て外へ抜け出すたびに。 ひとり膝の上で握り締めるしかない手が、滲んだ。


「っ、なまえ!?」


がしゃん!

ガラスの割れる音が頭の端に響いて、胸が詰まって、酸素が吸えない脳で意識がホワイトアウトしてく、あぁ、またなの。

弱いわたしは、いのちさえも弱いから。意志も心も希望の力も、いつの間にか弱くなってしまっていた。ともすればあちらへ流されてしまいそうなほどに。抗おうとしなければ、いつだってのまれていく。門は大きく口を開けている。潜るのは簡単。享受するでもなくそのまま何も考えず波に消えればいい。
存在することすらわたしは、諦めているのかもしれない。

……もう、それでも、いいかな



ーーどくん……



途端聞こえた力強い、別のいのちの音が、わたしの弱い、流されかけのいのちの腕を引き止めた。

「ろぉ、」

逞しい腕が崩れ折れたわたしを抱きとめて、その胸腔にわたしの耳を充てがって。

「なまえ……!」

きつく掻き抱く腕も胸も、僅かに、震えて。
伏せられた目が、固く結ばれた口が、歪んでた。

いのちすら持たないわたしが持つ唯一、それは彼がたった一つ懼れる、弱い心臓だったから。
……懼れる理由を、わたしは知らない。知ろうと、しない。ううん、ほんとは知ってるの。でも、知らない。知っちゃ、いけないんだ。


「ロー」


こわごわ、そっと離れていく体温に抱き縋る資格は無いので、ふふっと笑っておいた。

「明日晴れたら、外、見に行っていい?」
「……おれも、行く」
「そっか」

「……なまえ」
「うん」
「なまえ、」
「うん」




「ありがとう、ロー」






君よ恋することなかれ