three | ナノ






わたしやあゆちゃんが真山くんをすきで、片想いをしていることと同じように彼も違うおんなのひとを愛している。わたしがここにいることを忘れてしまっているかのようにムーンリバーの流れた携帯をすぐさま手にした真山くんはにこにこと応答した。その表情はすごくうれしそうで、悔しくて悲しくてわたしの心がじくじく震えて揺らめく。このムーンリバーが着信メロディに設定されている相手なんて真山くんと一緒にいるわたし達の中ではわりと有名な話。それでもわたしと一緒にいる時くらいはマナーモードにしておいてくれればいいのに、当たり前にマナーモードにしないのはわたしよりもあのひとを優先的に考えているだろうから。それでもこの柔らかく滲んだここがぽっかりぶち開けられていないのはあゆちゃんや森田さん達の他のひとも同じだからで、こんなおもいを抱えるわたしだってずるいおんな。きっとわたしもあゆちゃんも原田理花さんには敵わなくてどうしようもなくもどかしいけれど、彼の恋心をわたし達は与えられはしないんだよ。彼女への真山くんの心を青ボールペンで塗りつぶすことは出来っこないし、わたし達の真山くんへの恋心も青ボールペンなんかでは塗りつぶせない。

「すぐ向かいますので!はい!それでは、また後で……」
「真山くん、呼び出し」
「うん、行ってくる。折角はなしてたのに、ごめんなあ」

それはそれはうれしそうに笑い、携帯を手にした片手をふいと軽く上げた。謝っている癖に口先だけだから全然心がこもってない、ほんとうに真山くんって変なところでばかなんだから。わたしよりあのひとだってわかりきってるんだからうるさいくらいにそんなこと気づかせないでよ、ばあか。真山くんの中で優先順位のトップに腰を据えるあのひとが羨ましくて妬ましかった「なあに、どうして謝るの。いってらっしゃい」笑えと自身に言い聞かせて唇の端を上げる「……わすれもの」扉の縁に手を掛けたまま彼は振り返る「…ええ?真山くんの私物ないけど」わたしはテーブルを見回して引き出しを開けて首を傾げた。彼はちょっとだけ困ったように眉を下げて「笑って。ぎこちなくじゃあなくっていつもみたいに」と呟く、恐らく真山巧はわたしの想いに気づいているのにふとした時にわざわざこんなことを残す。ひどいおとこだ。わたしがあなたにこんな扱いをされる度どんな気持ちを抱くのか知らないだろうし知られないままでも仕方ないとおもっているけれど、そうやって曖昧にのらりくらりと対応されるとわたしの感情は行き場を失って苦い波しぶきが溢れるの。

「……そういうところ、どうかとおもうの」

気持ちには応えるつもりなんてさらさらない癖に笑ってとかなんとかは軽々しく言える真山くんはすきじゃない、すきなひとをその想いびとで違うおんなのところに向かうことをわかっていながらにして笑顔で送り出せと言うのか。ひどいじゃない。ぱちりと眼鏡の内側でまばたきした彼は「うん、ごめんな」と唇を横に結んで、わたし達がいた部屋を後にした。つるりとした真っ白な紙を花本先生の机から拝借して、ペンケースから取り出した青ボールペンで今の気持ちを表すようにひたすらぐるぐるとしていたらインクがあと少しになってしまったからまた買いに行かなくてはと過る。

りぼんがほどけない

使用済みの紙を裏返しにして花本先生にメッセージを書いた。なんだかもがもがしたので卓上にあった未使用の紙を拝借させてもらいました。最後にひらがなでわたしのなまえを書く、ぽたりと落ちた涙が肺がひきつるほどの青を滲ませる。誰かくる前に帰ろう、それからインクが減った青ボールペンを忘れずに買いに行こうか。おまえはいいね、インクが擦りきれても交換がきく。わたし達の心は傷つこうが擦りきれようが新品と換えは出来ないけれど、恋心は簡単に消え失せてくれないから厄介だ。低い声で告げられた、笑ってが耳の内側から離れない「そんな笑えるわけないよ、わたしそんなに器用じゃあないもん」ビューラーやマスカラで上を向いた睫毛はなんともないように背伸びする。なにを誰かもを羨んだってわたしがこうしてすでに砕けた片想いをしながらここにいることは変わらない。青ボールペンでぐるぐるした紙、あのひとや真山くんの存在みたいにまるで真っ青なりぼんがわたしの喉に手足に身体中に絡みつく。見えないそれに囚われるわたしはいつまでも無理矢理にはほどけないのだろうしこの心臓には確実に彼が住み着いている、裁ち鋏でじょきんと切ることも出来ないりぼんの端はわたしを嘲笑うかのようにはためく。