three | ナノ







任務帰りのカカシに鉢合わせたのは、午前10時をまわった頃。同じく私も任務を終えて報告書を提出し、火影邸を出たところだった。どうしても会いたくなかったのである。今日だけは。彼に、逃げる理由をあげたかった。

「よ、しばらく」
「うん、それじゃ」
「お?・・・いや、待った待った」

猪のように直線を突き進もうとする私をスッと遮って、しばらくだね、ともう一度言う。うん、そうね。私は答える。

「家に行こうと思ってたんだ」
「どうして」
「・・・んー?」
「・・・誕生日だから?私の」
「お、分かってんじゃない」

そうと分かれば話は早い、とにこりとしたカカシは、サクサクと歩き出した。報告書は、と訊くと、ヤマトが書いてる、と言う。ここに来たのはお前がいると思ったからだよ。とも言う。私はカカシから少しだけ離れて、彼の後を歩く。追う背中は何の気なしだった。少し猫背の、いつもの背中だった。

「カカシ、誕生日覚えてたんだね」
「忘れてて欲しかったの?」

本を開きながら、くぐもった声が言う。私は頷くことも、違うと否定することもできずに言葉に詰まった。覚えていて欲しいのだ。けれど、思い切り祝って欲しいわけではない。カカシには、もっと他にこなすべき仕事があるはずで、私のことを考えて時間を削らせてしまうのは忍びない。まして里の情勢が不安定な最近は、自分の女の誕生日を祝っている余裕など、本来ならドブにでも捨てて駆け回るべきなのだ。だからこそ、今日は会いたくなかった。誕生日過ぎちゃったから、適当に済ませればいいかなあ。そういう逃げ道を、彼に手にしておいて欲しかったのだ。

「・・・うん、分かるなあ、お前の考えてること」

カカシは足を止めて振り返る。私も止まる。カカシが一歩進むと、私は一歩下がった。一歩、一歩。埓があかない。

「折角の誕生日だろ、そんな顔しないの」
「こうしてれば、カカシ祝いたくなくなるでしょ」
「まさか。いっそ盛大に祝ってやりたくなるってもんでしょ」
「じゃあ笑う」
「それもいい」

カカシはゆったり頷いて、ポケットに手を入れた。片手の本をポーチにしまって、その手も入れた。どうすれば祝えるかな。カカシが言う。

「まだ午前中だから、これからずっと一緒にいてもらうのは」
「申し訳ないって?」
「・・・そう。だから、夜になったらまた家に来て」
「お前らしいね、わかったよ。何かご所望の品ある?」
「カカシが来てくれたらいい」
「言うねえ」
カカシが満足気に笑うので、ありがと、と言うと、いえいえこちらこそ、と返ってきた。何がこちらこそだろうか。そう思っていると、カカシがグイと距離を詰めて、私の両頬を柔らかく引っ張った。
「考え込んでる顔も好きだけど、お前は笑ってよ」







    ***



「ま、火影様のところにでも行くか、オレからの報告もあった方がいいだろ」
「うん、夕御飯つくって待ってる」
頷いて火影邸に入っていくカカシを見届けた。私は商店街に行こう。カカシの好きなものを買おう。私の誕生日は、カカシをいつもよりもっと大切にする日だ。
歩き出すと、背中から「おーい」と間延びした声が追ってきた。カカシだ。振り向くと、カカシが火影邸の2階の窓から顔を出して、右手を振っている。来い、と言っているのだろうか。私が小走りで近づくと、いくよ、と手の先から小さな箱を落とした。

「わすれもの」

またあとでね、夜は身ひとつで行くから。カカシが窓から姿を消して、残された私はぼんやりと箱の中身を悟っていた。会わないように、だの、彼に逃げ道を、だの、考えていた自分がバカらしい。そんな次元を越えて、彼は私に向かっていてくれるのに。そんなに卑屈にならなくても、世界は私を寂しい場所に連れて行ったりはしない。カカシは私をドブに捨てたりしないだろう。捨てられるなら、せめてきちんとしたところに捨ててもらおう。結局卑屈な自分に呆れながら、私は手のひらの木箱を握り締めた。






20140126