three | ナノ






放課後の図書室。私が放課後ここにいることは、もうほとんど日課となっていた。表向きは図書室だから、という理由なのだけれど私にはもう一つ別の理由がある。図書室からだとプールがよく見えるのだ。
最近、水泳部ができたという話を聞いた。ボロボロでまったく使えなかったプールを一から修理して使えるようにしたらしい。私にはきっと、ていうか絶対に無理だ。だからこうやって何か一つのことに向かえることがすごいと思う。


「…すごいなぁ」


中でも七瀬君はとくにすごい。泳ぎ方とかがとにかくきれいなのだ。水泳知識についてはまったくもって皆無な素人だけど、そんな素人でもそれくらいは分かる。まるで水と一体化したかのよう。生物に例えるならばイルカ。それくらい、泳ぎ方がきれいでとても自由なイルカのようなのだ。
ぼんやりとプールを眺めていると、ふいに顔をあげた七瀬君と目があった。あまりにも突然すぎて、思わず手にしていた青のボールペンがするりとすべり落ちる。カツン、と小気味よく音をたてて落ちたそれにハッとして、あわてて目を逸らす。バクバクと大きな音をたてている心臓は、なかなかおさまりそうにもない。



▽▲



すっかり遅くなってしまった。薄暗い廊下を一人で歩きながら静かに溜め息をついた。今日たまたまマナーモードにし忘れていたケータイが鳴らなかったら、多分私はずっと気づかないまま図書室にいただろう。水泳部もすっかり終わっていて、プールには誰もいなかったし。


「おい、お前」
「っふぇぇぇぇっ!?」


だから、一人で回想に浸っている時に後ろから声をかけるのはその、やめてほしい。おそるおそる振り返ってみると、そこには水泳部の彼―――七瀬君が立っていて思わず固まった。というか、なんで七瀬君がここにいるの。


「忘れ物だ」
「うえっ!?あっ…あの…え…?」
「声に出てたから」


ああ…と、なっとくしてから無言が走る。何を話せばいいのだろうと一人であわてていると、七瀬君がふっ、と少しだけ笑ったような気がした。いや、私…笑われた、のか?なんて一人でぽかんとしていると、七瀬君の方が口を開いた。


「お前、水泳好きなのか」
「えぇ…っと、見るのは、好き。七瀬君の泳ぎとか、見ててきれいだなって、すごく思うの!」
「いつも図書室から見てただろ。最初から気づいてた」

気づかれて、いた。気づかれていないだろうと思っていたのにまさか、気づかれていたとは思いもしなかった。それがあまりにも恥ずかしくて、目を逸らしてうつむく。どうしよう、なんて言ったらいいんだろう。謝らなきゃいけないだろうか。そう思っていると、ぽふりと頭の上に何かが乗った。わしゃわしゃとされるあたり、多分七瀬君の手だ。


「明日はちゃんと、プールに来い」



期待しちゃっても、いいですか。